地の果てから(13) <少数者>回教社会のキリスト教徒【中村哲医師寄稿】

<1987年9~10月に本紙夕刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載「地の果てから パキスタン北西辺境の人々」(全17回)>

病院当局からの批判

 パキスタンにおける「少数者」、キリスト教徒たちの問題を考えるようになったのは、病院内におけるハンセン病棟の管理体制からである。我々の病棟は私が赴任した一九八四年が二十床で、三年間で五十床に増え、スタッフも助手や掃除夫まで入れると八人から十四人となった。しかし、実質的に私はフィールドの運転手から、事務・統計処理、通信、婦長の役目と、病棟管理に関することは一切自分で行わねばならなかったので、三年を振り返れば道理で忙しいはずだと思った。

 後になって、「ハンセン病棟が半独立状態でミッション病院の管理から逸脱する傾向にある」と病院当局や日本側からも批判の声が一部に出た。しかし赴任の初めから、このような独立性が仕事の性格上自然の成りゆきであることを考慮してくれる者は少なかった。大局の解説というのはどうしても抽象的になりがちで実感が伝わらない。

二重に不利な立場

 赴任当時、北西辺境州のハンセン病の仕事は新局面をむかえようとしていた。旧来の欧米ミッションの慈善事業の性格を脱し、明確に政府主導型の保健行政の一部として根絶計画が打ちだされていたからである。民間の我々が独走せず、行政側と歩調を合わせ、その足らざる点を補うという立場に徹するのが当然であった。

 しかし、病院当局はしばしばこのような私の建言を入れず、古い慈善事業のやり方を改めようとしなかったことから、州政府およびそれを支えるカラチのコントロール本部との無用な摩擦を招いていた。

 しばらくたってから少しずつ事情がのみこめるようになった。ミッション病院のスタッフの大半はキリスト教徒で、パンジャブ州の出身である。北西辺境州においては、これは二重に不利な立場である。州のほとんどを占めるパターン民族は、すべて回教徒であると同時に、中央に対する反骨精神が盛んである。ペシャワールの一角に住むパンジャブ系キリスト教徒は、二重の意味での少数者として異物扱いされやすい。

 しかし、パキスタン政府側ではむしろ寛容な回教社会を目指して、「少数者保護」を政策としており、連邦政府の要職にもかなりのキリスト教徒を採用していた。

屈折した心理

 問題は、植民地時代から、キリスト教徒たちが西欧の宣教団体の協力者としてふるまってきた歴史である。とくに、かつて英国教会の威光の下に力をふるってきたミッション病院のような由緒ある機関ほど、行政機構としっくりいかないものがあったようである。このようなクリスチャンの屈折した心理は、どうしてもペシャワールを離れて積極的な医療活動を行うブレーキになった。

 さらに、初めは頼みとした西欧ミッションも少なからず地元の事情を無視して問題をおこし、後始末で迷惑するのはいつも地元キリスト教徒であったから、自分を守る委縮した考えに陥りがちであったといえる。(しかし、西欧側が批判するように、彼らが世俗的すぎると私は思わない。彼らの唱える人道主義とナショナリズムは、圧倒的な回教社会で生き延びようとするキリスト教徒たちの厳しい一致点なのである)

 この点で日本人たる私は、ややこしい民族的・宗教的対立の歴史とは無縁であり、仕事をするには有利な、人畜無害の働き虫であったのである。その上、大げさに言えば、地元キリスト教徒とイスラム共同体との融和に一役買ったとも言えよう。殊にハンセン病のごときは、本気で取り組めば行政の力ぬきには不可能である。

 私がすすんで政府プログラムの協力者となり、病棟がコントロール本部の意向を大幅にくみあげて、病院の態度を変えようとしたのは当然だが、これがかえってミッション病院の評判を高めるのに役立ったのはうれしいことであった。

三つどもえの中で

 この点は実際の働きを通じて徐々に承認されてきたし、それでこそ我々の仕事も円滑に進むようになったのである。だが、ここに至るまで相当の摩擦と消耗戦が、病院当局・コントロール本部(州政府)・外人宣教団体の三つどもえの中で展開された。私の病棟赴任は、これら三者にそれぞれの期待を寄せさせたが、私は「官民一体となって政府コントロール計画を推進する」との立場を貫き通した。また、こうしてこそ地元キリスト教勢も地域社会で信頼を得るのだと、今になって考えられる。

 このような事情は、日本側で理解を得るのは簡単ではない。北西辺境州の実情は、日本で準備したほとんどの机上の思惑や立案を粉砕した。地域社会におけるキリスト教勢の役割についてもそうであった。私もずいぶんこの事で神経をすりへらしたので忘れることができない。しかし、この事もまた失ってはならぬ大局の一つであった。

(医師・パキスタン在住)

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