地の果てから(17) <おごり>日本の精神的退廃を見る【中村哲医師寄稿】

<1987年9~10月に本紙夕刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載「地の果てから パキスタン北西辺境の人々」(全17回)>

文明にあきた若者

 日本は確実に先進国の仲間入りをした。と私がこのペシャワールくんだりで実感するのは、何も日本商品が市場を席巻しているからではない。欧米の若者たちに勝る数の日本人青年が流浪の旅をしているのがここ数年目立ってきたからである。目的もなく、漠然とただ失った何物かをとり戻そうとさまよっている。

 もちろん真実と美しさを求めてさまよう放浪は人を感動させるものを持っている。しかし文明にあきたはずの若者たちは、病気ともなれば私の所にやってきて、日本製の薬はないか、という。バザールの医者も薬も信じられないからだという。私はどんな人が来ても診察するが、この「文明にあきた若者たち」は、当然の権利のごとく長々と時間をとり、長広舌をふるって、長いこと待っている地元の患者たちを気にもかけぬ。

 ある時、発熱と下痢でフラフラになったドイツ人の若者が来た。典型的な腸チフスで、その上ひどい脱水状態である。熱性セン妄もあると思われるが明らかに精神状態がおかしかった。聞けば十カ月間もインドを放浪し二カ月間パキスタンにいるのだと言う。うなされるように彼はとりとめもなくしゃべり続けた。

いなかった青い鳥

 「ドイツはもうだめだ。ソ連の放射能の死の灰でもう住めなくなる。北欧もダメだ。しかし、早く帰って治療しなければ……。飛行機は四日後です。乗り込めるでしょうか? 先生、先生、早く治して下さい」

 「大丈夫だ。今治療を始めたばかりじゃないか。静かに寝ていなさい。次の患者の診察ができないではないか」

 「ドクター、平和です。平和が欲しかったのです。ドイツにもヨーロッパにも、もうどこにも平和がないのです」

 「君の平和はインドにはなかったのか」

 「どこにもありません。インドにも、パキスタンにも。だからもう帰ります。そしてスペインに行くのです」

 支離滅裂であった。しかし、一つの事実は明らかである。この三十歳の青年は西欧の社会に適応できず、心の平安を求めて異国をさまよったが、どこにも青い鳥は見つからなかったのだ。

 輸液によって脱水状態が改善するとやや落ちついたので、処方箋をわたし、宿で寝ているように命じた。ところが、意外にも彼はその治療を拒否し始めた。

 「ドクター。こんな薬はわが国では使用されておりません。有害物質が含まれています」

現代人の悲劇

 さすがの私もむっとした。同情して世話をやいてくれたハンセン病棟の患者にお礼の一言も述べず、不平と要求、不安と不信の塊となっている。私は怒りを殺して静かに言った。

 「自分のまいた種は自分で刈りとれ。ここでの治療が不満なら他に行きなさい。ただ私の他の患者には迷惑をかけないで下さい。行け」

 私は処方箋を破ってクズかごに入れた。怒りとともに痛々しい同情心がわいてきた。彼が本当に精神障害か否かは別として、これは典型的な現代人の悲劇の一断面だからである。いかに粗暴で不衛生であっても地元の人々の精神生活の方がはるかに健全であるとしみじみと思った。

 私のような平凡な人間には、その日の糧を求めてさまよう物乞いや、銃をとって肉親を守る軍民の方が、本来の人間らしい共感を覚えさせられる。

 脚下照顧という。発展途上国に協力する側の方では、つい南北の格差とか、協力のあり方だとか、富の格差の是正だとかにのみ話題が集中しがちである。しかし問題はひと様を助けてあげるということのみではない。自国の内部にも将来を危うくする精神の貧困がまん延していることを知らねばならない。

西欧の没落と同じ道

 敗戦後のみじめな状態からはいあがろうと営々として築いてきたものが、西欧の没落と軌を一にするものをはらんでいるのではないかという危惧が、私の考えすぎであることを祈る。

 「大東亜」の夢は、経済戦争に形を変えて継続された。武力による勝者のおごりが、富による富者のおごりにすりかわりつつあるというのは心配のしすぎだろうか。その裏返しが、この奇怪な若者たちの群れである。繁栄は常に弱者の犠牲を要求する。

 日本のみぞうの経済的繁栄は、発展途上国の人々の血と涙の上に築かれたものである。この事実を忘れる富者の無邪気なおごりが、モラルの退廃をもたらしても不思議なことではなかろう。

 私は「海外協力」ということで当地にとどまって仕事をしているが、何よりも一人の日本人として自分の国のことが気がかりになるのである。

(医師・パキスタン在住)

 =おわり

関連記事

PR

PR