もう一つの「命のビザ」米で発見 ユダヤ人救済率先、根井三郎が発給

西日本新聞 社会面 古川 剛光

 第2次世界大戦中、ナチス・ドイツに迫害されたユダヤ系難民の亡命を手助けした外交官、根井三郎(1902~92)によって発給された日本通過ビザ(査証)が米国で初めて見つかった。生誕地の宮崎市が2日、発表した。市は「根井が人道的立場から主体的にユダヤ人の救済に動いたことが裏付けられた」としている。

 根井は当時、ソ連(現ロシア)極東ウラジオストク総領事代理だった。後に「日本のシンドラー」と呼ばれる杉原千畝(ちうね)(1900~86)が駐リトアニア領事代理として発給した通称「命のビザ」を携え、シベリア鉄道で現地に逃れてきたユダヤ難民らに対応。敦賀港(福井県)行きの連絡船の乗船許可を与え、ビザを持たない者には独断でビザを発給したとする記録がソ連側に残っていた。

 これまで杉原が発給したビザに、根井が署名し、日本通過を認める検印をしたビザは見つかっていたが、根井が単独で発給したビザは確認されていなかった。

 今回、ユダヤ人難民に関する著書がある東京在住のフリーライター、北出明さん(76)の調査で、ユダヤ系ポーランド人の故シモン・コエンタイエルさんが妻、娘と3人で根井のビザを使って日本を通過し、中国・上海経由で米国サンフランシスコに亡命していたことを確認。米国在住の孫からビザの画像データの提供を受けた。ビザには、1941年2月28日の日付と根井の署名がある。

 外務省はこの年、杉原が発給した通過ビザを再検閲し、要件を満たさない者は日本行きの船に乗せないように、と根井に命令した。これに対し、根井は「国際的信用から考えて面白からず」と拒絶した電文が外交史料館に残る。

 市民らでつくる「根井三郎を顕彰する会」の根井翼会長(78)は「自分の利益を顧みず、人道的に行動した宮崎生まれの外交官を誇りに思う。混沌(こんとん)とした現代、世界中の人に根井の功績を知ってほしい」と話している。 (古川剛光)

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