大火砕流から29年、記憶伝える写真展 雲仙・普賢岳「いのりの日」

西日本新聞 社会面 真弓 一夫

 43人が犠牲になった1991年の長崎県雲仙・普賢岳の大火砕流から、3日で29年。噴火災害の記憶を新たにする写真展が2日、同県島原市の雲仙岳災害記念館で始まった。住民の避難後に地域で活動する消防団員や、さまざまな方角から撮られた大火砕流の全体像、災害前後の普賢岳や麓の集落の変化がうかがえる。3日を「いのりの日」と定める同市では終日、犠牲者の追悼行事が営まれる。

 公募に寄せられた155点から選んだ58点に、同館所有の13点を加えた71点を展示。大火砕流発生前に命がけで古里の巡視などに奔走する消防団員の姿を記録した貴重な写真をはじめ、溶岩ドーム(平成新山、約1億立方メートル)の形成によって山体や高さが変わった普賢岳、土石流に埋もれた市街地の復興の様子などを記録する。関連する地図や新聞記事を添え、理解を助ける工夫もしている。

 被災し、避難所や仮設住宅で3年暮らしたという70代女性は、写真を見て「当時、大火砕流に覆われた空が夜みたいに暗くなり、怖さで震えが止まらなかった」と振り返った。展示は7月5日まで。

 普賢岳の噴火は90年11月に始まり、翌年6月3日の大火砕流では避難勧告地域内に陣取った報道陣や消防団員ら43人が犠牲になった。93年6月の大火砕流でも1人が死亡。96年に終息するまでに建物被害は約2500戸、経済損失は約2300億円に上る。今も山頂に残る溶岩ドームが大崩落すると、普賢岳の麓の500世帯が影響を受けるとされる。 (真弓一夫)

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