75年前の学生の手記がある。8月9日午前11時2分。原爆が投下されたとき…

西日本新聞 オピニオン面 重川 英介

 75年前の学生の手記がある。8月9日午前11時2分。原爆が投下されたとき、防空壕(ごう)で作業中のため難を逃れた。運び込まれる学友たちは水を求め、遺体が流れる川から鉄かぶとでくみ上げては心ゆくまで飲ませた。「友は泣いた。歓喜して飲み干した…天の与えてくれた唯一の慰めだった」。最期をみとった。

 本紙長崎版で「戦後75年を考える」をテーマに企画連載をしている。冒頭で触れたのは5月掲載の第4弾「戦跡をたどる 現地からの報告」。入社2年目の記者が長崎大キャンパスの防空壕(ごう)跡の取材で手記に出合い、原稿にした。

 時節柄、対面での取材が難しい。戦争を知る高齢の世代はコロナ感染による重症化の恐れが指摘される。戦跡をテーマにしたのは、歴史を代弁する力があり、私たちに考えるヒントを与えてくれる、と思ったからだ。連載は模索しながら今後も続く。長崎県外の方は西日本新聞ウェブでご覧ください。 (重川英介)

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