災害の教訓、継承誓う 普賢岳大火砕流29年 島原市で追悼行事

西日本新聞 長崎・佐世保版 真弓 一夫

 雲仙・普賢岳の大火砕流から29年。今年も「いのりの日」を迎えた長崎県島原市では3日、亡くなった消防団員や警察官、タクシー運転手、火山研究者、報道関係者ら43人の冥福を祈る行事が営まれた。

 噴火災害で家を失った人々が移転した同市仁田町の仁田団地。地域の公園にある噴火災害犠牲者追悼之碑前での献花では、新型コロナウイルス対策で密集を避けるため、参列者が間隔を空けて並び、交代で碑に手を合わせ、花を手向けた。古川隆三郎市長は「この災害の教訓を未来ある子どもたちに引き継いでいかねばならない」と語った。

 12人が犠牲になった島原市消防団は、平成町に立つ消防殉職者慰霊碑前に献花台を設置。遺族や団員、OBが訪れて追悼した。消防団員の佐藤雅也さん(32)は「当時団員だった父から、仲間を失い大変苦労したと教えられた。噴火災害を知る世代が少なくなり、次は私たちが被災体験を伝える」と誓った。

 亡くなった消防団員らが詰めていた普賢岳麓の北上木場農業研修所跡では、地元の安中地区町内会連絡協議会(阿南達也会長)が式典を開いた。今年は協議会からの参加を役員の一部に絞り、大火砕流が発生した午後4時8分、遺族代表が慰霊の鐘を13回打って参列者は静かに黙とう。阿南会長(82)は「ここを聖地として守ることが私たちの役目」と気を引き締めた。

 平成町の雲仙岳災害記念館での「いのりの灯」は、ともすキャンドルを例年の10分の1の約100個に減らし、犠牲者の冥福を祈った。 (真弓一夫)

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