日本一の大きさ? カラフル大仏、実は…聖徳太子

西日本新聞 北九州版 米村 勇飛

 北九州市若松区の市道を若戸大橋から北西側の小石方面に坂道を上っていくと、右手にカラフルで大きな像が立っている。髪を耳のところで結った特徴的な髪形に、極彩色の袈裟(けさ)と着物。右手にはコップのようなものを持っている。存在感いっぱいのこの人物は一体何者なのか?

 台座を入れると約9メートルの巨大な像があるのは、若松区深町2丁目の建昌寺。2代目の永野勝久住職(74)に尋ねると「これは聖徳太子(厩戸皇子)像、通称『若松大仏』です。聖徳太子像としては、たぶん日本一の大きさではないか」と誇らしげだ。

 旧1万円札に載った、あの勺(しゃく)を持ってひげをたくわえた教科書の肖像画とは、かなり印象が違う。永野住職によると、聖徳太子が16歳の時、父親の用明天皇が大病を患ったため、香炉を持って見舞いに行き、回復を仏に祈願したとの逸話を元に作られたという。

 像は鉄筋コンクリート製。1926年の制作というから100年近く前のことだ。土地の所有者と親交があった博多の「吉岡某」作と伝わる。永野住職の父親の初代住職が36年、その土地と像を譲り受け、建昌寺を建立したという。

 でもなぜ、聖徳太子なのか。経緯は不明だが永野住職は「慰霊のためという思いはあった」と推測する。寺の近くにはかつて火葬場があり、数万人分の遺灰が制作中の像に塗り込められたと伝わる。現在、台座部分は納骨堂になっている。

 像は元々は全身真っ赤に塗られていたが、経年で色あせたため、96年に色鮮やかに塗り直された。現在は地元のランドマークとなっており、月に1度、お参りに来る人もいる。派手な見た目からテレビ局の取材も何度か受けたという。人口減による檀家の減少などお寺を取り巻く環境は厳しいが、それでも「若松大仏」は街と人を見守り続けることだろう。

 (米村勇飛)

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