春の行楽期に人の流れを止めた新型コロナ禍は、宿泊業や飲食業を中心に…

西日本新聞 オピニオン面

 春の行楽期に人の流れを止めた新型コロナ禍は、宿泊業や飲食業を中心に経営難の報道を増やした。森鴎外ゆかりの旅館「水月ホテル鴎外荘」(東京都台東区)と、太宰治の逸話が残る割烹旅館「玉川」(千葉県船橋市)の閉館も伝えられた

▼水月ホテル鴎外荘の敷地内には鴎外が「舞姫」を執筆した旧居があり、余力があるうちに閉館して旧居保存に専念する。太宰は代表作を世に出す前に20日ほど玉川に逗留(とうりゅう)し、宿代が払えず万年筆や本などをかたに置いていった

▼主に昭和を生きた太宰は、明治が主の鴎外に引かれた。人物にも引かれた。そういう2人をそれぞれ知る老舗旅館が、くしくも令和の同じ春に営業を閉じた

▼太宰は短編「花吹雪」の中で鴎外を「酔漢を相手に敢然と格闘した豪傑」とも書いた。太宰は体が丈夫でなく「ピンポンをやってさえ発熱する」ほどだったから、敢然とした男はまぶしかったようだ

▼「酔漢を相手に…」は鴎外が陸軍軍医総監だったころの話だ。東京・赤坂の料亭での懇親会で新聞記者に面罵され、取っ組み合いのけんかになった、と鴎外自身が短編「懇親会」で書いている。太宰は鴎外の日記に当たって確認した。今なら、大きな図書館にある「鴎外全集第35巻」(岩波書店)の日記の「明治42年2月2日」で確認できる

▼鴎外の墓がある東京都三鷹市の禅林寺は、太宰の墓所にもなった。梅雨に入ると桜桃忌が近い。

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