見えた限界 新しい像を 貞包英之氏

西日本新聞 オピニオン面

◆コロナ後の都市

 コロナ以後、問われる問題のひとつに、都市の「持続可能性」がある。

 大都市であれ、地方都市であれ、21世紀の日本の都市は、少しずつ力を失ってきた。最大の原因は、経済不況と少子高齢化である。20世紀後半には若者たちが購買力となることで、あらたな盛り場が次々とつくられてきた。しかし現代では、若者が集団としての購買力を失うことで、都市は保守化し、あらたな街が生まれにくくなっている。

 それをよく示すのが、地方都市の中心街の衰退である。あらたな店ができることなく、多くの中心街が衰退し、住宅地に帰ろうとしている。

 ただし都市の延命が試みられなかったわけではない。その中心策になったのが、イベントである。あらたな盛り場をつくりだす代わりに、一時的なイベントを開催し、若者を呼び込む。ハロウィーンやコミケなど「自発」的なイベントに加え、行政も都市延命のために、さかんにイベントを企画してきた。アートフェスティバルや地域イベント、さらにはオリンピックや万博などのイベントによって外部から金と人を呼び寄せようとしてきたのである。

 しかしその限界が現在あきらかになりつつある。問題は、それが過酷な競争に都市を巻き込むことである。無限に人や金を送り出し続けられる夢のような場所がない限り、相対的に力の弱い街が負けることは避けがたい。

 今回のコロナ禍は、事態をより厳しくしてきた。これまで競争の過酷さが目立たなかったのは、多くの人や金を送り出すインバウンドが競争を緩和してくれたおかげにすぎない。それが期待しにくくなったことに加え、コロナ禍は2021年のオリンピックを代表にイベントの開催自体をそもそも怪しくしている。

 こうしてコロナ禍は、外部の力を借りて、都市の力を維持する戦略の限界をあきらかにした。

 もしかすると、そもそも都市はいらないという人もいるかもしれない。郊外にショッピングセンターがあれば、事足りるのではないか。それは一面の真理だが、他方で都市が、居場所ない人の居場所を与え、新たな情報や文化を生み出す母体になってきたことも事実である。だとすれば、それを代替するあらたな都市像をつくりだすことが現在課題になっているのである。

      ◇        ◇

 貞包 英之(さだかね・ひでゆき)立教大准教授 1973年生まれ、山口県下関市出身。専門は消費社会論、歴史社会学。都市と消費に関わる問題を歴史的に明らかにすることが課題。主著は「地方都市を考える」など。

PR

社説・コラム アクセスランキング

PR

注目のテーマ