地震でねじれた宇土櫓、解体復旧へ 熊本城「科学の目で調査を」

西日本新聞 熊本版 古川 努

 熊本県内での新型コロナウイルス感染収束に伴い、熊本城(熊本市中央区)の一般観覧が1日始まった。新設された「空中回廊」からは従来と違う角度からの眺望を楽しめる一方、陰に隠れてしまう「お宝」も。4年前の熊本地震で傷を負い、解体復旧が予定される国の重要文化財「宇土櫓(やぐら)」だ。実はこの解体、新たな歴史ロマンの扉を開く可能性も秘めている。

 宇土櫓は、初代熊本藩主加藤清正の時代の慶長年間(1596~1615年)に建造されたとされる木造建築物。高さは約19メートルあり、外観は3層、内部は5階建てで地下1階がある。

 大天守と小天守は西南戦争(1877年)の直前に焼失し、1960年に鉄筋コンクリートで復元されたいわば「ビル」。これに対して、宇土櫓は戦火と地震をかいくぐり、創建当時の姿を現代に伝える貴重な歴史的建造物と言える。

■先人の功績が倒壊防ぐ

 市熊本城総合事務所によると、宇土櫓はおおむね百年ごとに修復されてきたという。前回は昭和2(1927)年の解体修復。基礎にコンクリートを使い、柱に鋼材の筋交いが入った。

 この先人の功績が「震度7が2回連続という熊本城の歴史の中で最大の危機を乗り越えた要因」と同事務所。市熊本城調査研究センターの山下宗親文化財保護参事は「昭和の修復がなければ宇土櫓は倒壊していた可能性がある」とみる。

 ただし、見えない傷は多い。地震の衝撃でコンクリートの基礎は割れ、筋交いは曲がった。破損した基礎と柱は42カ所に及ぶ。1階と地下1階は東へ、2階は南へ、3~5階は北へと複雑に傾斜。建物全体がねじれ、変形した。石垣も各所に崩落や膨らみがあり、復旧を難しくしている。

■空中回廊からは見えず

 時期は未定だが、解体復旧は調査とセットとなる。つまり、新発見も期待されるのだ。実際、昭和の修復時の調査では、一つの「伝説」を覆す成果があった。

 宇土櫓を巡っては「戦国武将の小西行長が築いた宇土城(現在の宇土市)の天守が移築された」との説が伝わっていた。これが昭和の調査によって移築の痕跡がないことが確認され、現地で建造されたことが判明したというのだ。

 建物の古い部材に、石垣の奥に、何が隠れているか。山下参事は「昭和の時代よりも技術が進み、『科学の目』で調査できる。緊張感があり、楽しみでもある」と語り、熊本城総合事務所の浜田清美副所長も「調査は今しかないチャンス。ロマンが隠れている可能性がある」と目を輝かせる。

 ただ、少し残念なことも。2月までの見学通路は、宇土櫓を左手に眺めながら天守閣に向かうルートだったが、空中回廊からは天守の陰に隠れて宇土櫓は見えない。もちろん、二の丸広場や加藤神社に足を伸ばせば大天守、小天守と並ぶ「いぶし銀」の三重五階櫓が目の前に見える。 (古川努)

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