横田滋さんからの手紙 小出浩樹

西日本新聞 オピニオン面 小出 浩樹

 北朝鮮による拉致被害者、横田めぐみさんの父滋さんが亡くなった。

 一度だけ、丁重な手紙を頂いたことがある。関係者の声を本紙につづった連載「めぐみさんへ」(2007年)を、家族会経由で自宅に送ったことへの謝意だった。

 手紙は横書きB5判の便箋に2枚。黒色のボールペンで手書きされた文章を、今読み返しながら気が付いた。2枚目の余白部分にはびっしりと、1枚目の文章の筆圧痕が残っているのだ。

 手紙には連載の感想と自身の近況が記され、<引き続き取材を続けてくださいますようお願い申し上げます>と続く。どのくだりも筆圧は強く、柔和な表情の下に秘められた思いが伝わる。

 口数は少なくとも熱が伝わる場面はその昔、フジテレビ系「小川宏ショー」の尋ね人コーナーに出演した際にも見られた。13歳のめぐみさんが消息不明となって1年後の映像が残っている。妻早紀江さんが一心不乱に情報提供を呼び掛ける傍ら、凛(りん)とカメラを見つめる姿が印象深い。

 私が頂いた手紙には、むごい現実も淡々と書かれている。めぐみさんの夫とされる韓国人拉致被害者の金英男(キムヨンナム)氏の母親と、ソウルで面会した際の様子だ。

 その時の気持ちには触れていないが、想像するだけで心に鈍痛を覚える。娘は知らぬ間に拉致され、知らぬ間に結婚させられ、知らぬ間に女児を産んでいたのである。

 夫妻が孫ウンギョンさんと面会したのはモンゴルだった。北朝鮮行きは拒否した。「平壌に行って『お母さんは死にました』とカメラの前で何度も言われ、その映像が世界に流されれば、めぐみは本当に死んだことにされる」

 すぐにでも飛んでいきたかっただろうに、冷静さは失わなかった。北朝鮮がどんな国か、既に嫌というほど分かっていたからだという。

 政府認定の拉致被害者は帰国者5人を含む17人、拉致の可能性を排除できない人は878人に上る。現在進行形の国家犯罪である。

 <取材を続けてください>。滋さんの言葉が改めて突き刺さる。かつて本紙も含め、日本のメディアは拉致問題に冷淡だった。「拉致する理由がない」などの思い込みからだが、現実は違っていた。拉致被害者は北朝鮮工作員を日本人になり切らせるための教育係とされていた。

 それでも滋さんは政治的な発言は慎み「めぐみと会いたい」と43年間、叫び続けた。果たせなかった無念さを日本人の一人として受け止めたい。

 (特別論説委員)

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