年金だけでは生活できない…老後の生活保障、法廷で問う

西日本新聞 くらし面 河野 賢治

全国に原告5300人 福岡地裁、近く判決

 国が2012年の法改正で公的年金額を引き下げたのは生存権の侵害に当たり、違憲だとして、全国の年金受給者が減額の取り消しを求める訴訟を各地裁に起こしている。九州では近く、新型コロナウイルスの影響で延期された福岡地裁の判決が言い渡される。国の審議会が「老後は夫婦で年金以外に2千万円の蓄えが必要」としたように、生活を賄えない現行制度のままでいいのか-。訴訟は、その問いを国全体の議論につなげる狙いもある。

 福岡県の男性(68)は15年、福岡地裁に提訴した原告団に加わった。年金だけで生活できないことに疑問を感じたという。

 40代の頃、家族で営む店が経営不振に陥った。家のローンなどで借金を重ねて離婚。路上生活となり、足の太さが腕と同じになるほどやせた。国民年金保険料は納められなかった。

 今は月5万円台の年金と生活保護で暮らす。食事は1日2回、1食が菓子パン1個のときもある。

 「生活保護は人の目が気になる。最低でも月8万円くらいの年金がほしい」。職種や保険料の納付状況にかかわらず、最低限の生活費を受け取れる制度を望む。

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 訴訟は年金受給者らでつくる「全日本年金者組合」(東京)が主導。15年の鳥取地裁を皮切りに各地で提訴し、39地裁で約5300人が原告に名を連ねる。契機は国への不信だった。

 年金額は本来、物価変動などを踏まえて毎年度見直される。ところがデフレ経済下の00~02年度、国は物価が下がったのに年金を減額せず、特例法でこの期間の年金額を維持した。「特例水準」と呼ばれ、景気回復を図る政治判断だった。

 その後も、特例水準で支給されていた年金額は11年度以降、物価を反映した本来の年金額より2・5%高い状態になった。このままでは年金財政や将来の給付に影響するとして、国は12年の法改正で13年度1%、14年度1%、15年度に0・5%を引き下げて特例を解消した。

 各地の訴訟は13年度の減額決定取り消しや、引き下げられた分の給付を求めている。最大の争点は、公的年金はそれのみで老後の生活を全て賄う制度なのか、という点にある。

 原告側は、憲法が定める「健康で文化的な最低限度の生活」は国民年金で保障すべきなのに、実際の給付額はほど遠く、さらなる減額は不当、とする。国民年金は、生活保護に代わって暮らしを保障するため制度化された-とも主張する。

 国側は、最低限度の生活を保障するのは生活保護と指摘。国民年金は、現役時代の備えと合わせて老後の生計を維持する制度で、それだけで憲法の定めを実現するものではないとする。

 ただ、生活保護受給は偏見や差別を生みかねない。同県の原告女性(76)は月5万台の年金のみで暮らすが、持病やがんの治療で家計は苦しい。1杯100円のコーヒーを買うのも迷う。生活保護は「あの人は保護だ、とうわさになるから」と受給していない。この現実から、原告側は「生活保護では生存権を保障できない」としている。

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 組合によると、19年以降に6地裁で出た判決は、全て原告の訴えを退けた。

 「老後は年金や生活保護といった各種制度で支えるべき」「生活保護の運用に課題はあっても、それをもって年金が最低限度の生活を保障する制度とはいえない」との考えを示した。

 原告団は複数で控訴しており、今後も争う方針。訴訟を通じ、年金のあり方を問うためという。

 組合はもともと、年金保険料を支払う社会保険方式の現行制度でなく、全額を税で負担し、誰もが最低限の生活に必要な額を受け取る「最低保障年金」の創設を主張している。近年は年金制度への不安が大きく、「老後2千万円問題」が浮上した昨年は、組合主催の年金学習会への参加が増えた。この機運や訴訟を通じ、制度改正を国民的な議論にしたいという。

 組合福岡県本部の牧忠孝・執行委員長は「コロナで高齢者の低年金や生活の厳しさが明らかになり、今こそ最低保障年金を考える機会。年金のあり方は、将来受給する若い人の問題で、幅広い世代が訴訟に関心を持ってほしい」と語る。 (編集委員・河野賢治)

【ワードBOX】年金引き下げ違憲訴訟

 全日本年金者組合によると、九州7県では約310人が提訴。全国では、物価と賃金の伸びより年金額を抑える「マクロ経済スライド」を違憲として提訴した地域もある。一連の訴訟では、国民年金が満額でも月額約6万5千円にとどまり、厚生年金を加えても生活保護基準額に満たない高齢者が多いと訴えている。

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