「だから補償が必要」窮地に立つ表現者…奔走する弁護士

西日本新聞 文化面 平原 奈央子

コロナ禍を生きる

 「ジャンルを超えて手を携えないと、この危機を乗り越えられない」

 5月22日、東京都千代田区の衆議院第1議員会館。演劇、映画、ライブハウス関係者が国に休業補償を求めて開いた会見の冒頭で、弁護士の馬奈木厳太郎(まなぎいずたろう)さん(44)は訴えた。

 コロナ禍で窮地に立つ表現者たちを守ろうと、馬奈木さんは国への要請活動に伴走する。政府は各種文化イベントの自粛を「お願い」してきたが、馬奈木さんは矛盾を感じている。

 「自粛とは自分の意思で控えること。ほかに選択肢がない中では自己決定と言えない。この日本的な同調圧力は『他粛』以外の何物でもない。だからこそ補償が必要なんです」

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 きっかけは3月上旬、ネット上で目にした劇作家シライケイタさんの投稿だった。各地で公演が中止になり、ウイルスは健康だけではなく、表現の場の存続をも脅かしていることが切につづられていた。馬奈木さんはすぐにシライさんに連絡した。「演劇を守るために、動きましょう」

 舞台人が結集し、文化庁をはじめ関係省庁に現場の声を伝え、補償を求めた。活動の根拠は憲法25条(生存権)にある。

 「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」

 現状は、まさに健康と文化のせめぎあい。国の支援策はようやく具体化してきたものの、文化を不要不急として後回しにしてきた感は否めない。日本芸術文化振興会がコロナ対策のために創設した「文化芸術復興創造基金」も、民間からの寄付金に頼り国庫支出がない。

 「健康は当然大事。そのために自粛に協力した表現者への補償は国の責務。文化の担い手を補償しなければ生存権の条文は単なる抽象的なスローガンにしかならない」

 それぞれに動いていた映画界やライブハウス関係者へも呼びかけ、要請活動は「三派連合」に発展した。

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 弁護士でありながら、文化芸術には人一倍、思い入れがある。最初の舞台の記憶は小学校のころ見た宇野重吉一座の「三年寝太郎」。高校時代にはロンドンのコヴェントガーデンでオペラ「ドン・ジョバンニ」に触れ、厳粛な劇場の雰囲気に圧倒された。

 映画では、中学2年の時にリチャード・アッテンボロー監督が南アフリカのアパルトヘイトを描いた「遠い夜明け」に衝撃を受けた。「舞台や映画、小説の批評性や時代性に触れることが好きなんです」

 劇団や映画配給会社の顧問も務め、法律関係をテーマにしたい劇団から勉強会の講師や台本の監修の依頼もある。2018年には日本演劇界では初めての事例とされる#MeToo(セクハラ、性暴力の告発)案件で被害者代理人を務めた。

 福岡県久留米市生まれ。明善高から早稲田大院、大学講師を経て弁護士へ。父は水俣病訴訟などで知られる弁護士馬奈木昭雄さん。「もちろん父の影響もありますが、常に弱者に目を向けた母方の祖父の影響も大きい」と自己分析する。

 弁護士登録をして3カ月後に東日本大震災が起こった。弁護士が不足する被災地に毎週通い、原発訴訟の事務局長になった。「現場の声と現実を世に伝えたい」との思いが募り、2015年に被災地の現実を伝えるドキュメンタリー映画「大地を受け継ぐ」(井上淳一監督)を企画。その後も「誰がために憲法はある」(同監督、19年)「ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記」(平良いずみ監督、20年)、「私は分断を許さない」(堀潤監督)など社会問題を扱った作品に関わり続けている。

 「伝えたい、少しでも世の中を変えたいというときの表現方法が、私にとって映画製作であり、本の執筆であり、裁判なんです」

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 集い、表現する。文化芸術のあり方は、そのまま民主主義の根幹に通じていると考えている。

 「多様な表現の流通と場は民主主義の要。劇場や映画館はそれを確保する場で表現者はその担い手です」

 馬奈木さんは重ねて言う。「アフターコロナを見越し、国の文化政策を改めて考えようという問題提起でもあります」。国は4月20日の閣議決定で「文化芸術の灯を守り抜く」と明言した。馬奈木さんはその灯をともす人=表現者たちに敬意を持ち、具体的な成果のために走り続けている。

 (平原奈央子)

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