人を動かすのはお金か? 情熱か? ヤクザによる熱き企業再生ストーリー

 また親分に会える。新しい親分語録に触れられる。そんな期待に胸躍らせている人も多いだろう。2019年には2作目の『任侠学園』が映画化されて話題にもなった任侠シリーズの最新作。シリーズとはいえすべて一話完結だから、今作が初めての読者も楽しめる。何より親分は、一見さんを冷たくあしらうような器の小さい男ではない。

 ご存じない方に紹介しよう。親分の名前は阿岐本雄蔵。東京の下町に小さな事務所を構える阿岐本組の組長だ。阿岐本組はヤクザではあるが、いわゆる指定暴力団ではない。義理人情に厚く堅気には手を出さない、いまや絶滅危惧種となった地域密着型のヤクザである。

 さらに阿岐本組は、ヤクザとは別の顔も持っている。それが再生請負である。倒産寸前の企業や施設の経営を立て直すのだ。これまでの4作では、出版社、私立高校、病院、銭湯の再建に成功した。そして今作で彼らは、ネット配信やDVDに押されて廃業の瀬戸際に立たされている、小さな映画館の再生に挑む。

 もちろん敵は多い。映画という文化に対する知識も畏敬の念もなく、すべてを損得でしか考えられないエリートビジネスマン。点数稼ぎのために、犯罪をでっちあげてでも組を解散に追い込まんとする警察。こうした、物事の価値=金、ヤクザ=悪という一面的な思い込みに対し、親分は、阿岐本組は立ち向かっていくのだ。拳でも拳銃でもなく、情熱と言葉を武器にして。

 現実に押しつぶされそうな経営者に対しては、企業経営を「ロマンを追い求める航海」に例え、経営者の仕事はその行き先を決めることだと説く。所詮日常の延長でしかないDVDやネット配信による映画鑑賞に対し、見知らぬ他人と非日常的体験を分かち合う映画館は民主主義を涵養(かんよう)する場であるとも語る。時に人生論、教育論にも及ぶその熱い言葉が、周囲の人々の思い込みを覆し、その胸に情熱の炎を点火させていく。かつて親分自身が、高倉健の任侠映画を観て義理人情のために生きようと決意したように。

 どこを向いても儲け話と処世術が幅をきかせる世の中で、親分の言葉は痛快に響く。しかも親分は、古き良き義理人情を訴えるだけの人間ではない。組の若い衆はもちろん、近所の女子高生の言葉にだって謙虚に耳を傾ける。歳を重ねても、高い地位にあっても、常に自身をアップデートしようとする姿勢。それこそが親分の魅力かもしれない。

 

出版社:中央公論新社
書名:任侠シネマ
著者名:今野 敏
定価(税込):1,650円
税別価格:1,500円
リンク先:https://www.chuko.co.jp/tanko/2020/05/005305.html

西日本新聞 読書案内編集部

関連記事

PR

読書 アクセスランキング

PR