あの日、何を報じたか1945/6/11【九州地方総監府 攻防の両全に威力 「大宰府政庁」ここに再現】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈急迫する現戦局にかんがみ、本土決戦に備え軍と緊密なる連携の下、総合行政の総力を結集、臨機即応強靱なる地域自戦態勢の確立を期する地方総監府は十日、地方行政協議会に代わって全国八地域に設置され、九州地方総監府は福岡県庁内に開庁。決戦場と化した九州行政を一手に掌握、生産に、防衛に九州の持つ攻防両全の威力を最大限に発揮、撃敵に驀進することになった〉

 本土決戦が現実味を帯びる中、国土が分断されても地方行政が機能し「自戦」できるように設置された地方総監府。国立公文書館アジア歴史資料センターの解説によると、総監は罰則を伴う地方総監府令を出したり、非常時の出兵要請をしたりすることができ、強い権限を持っていた。

 総監府の看板の写真を見出しに見立てたレイアウトが目を引く記事は、総監府幹部の顔ぶれを紹介し、〈かくて九州地方総監府は(中略)文字通り九州行政の府として生誕したわけで、大宰府政庁の歴史的再現として注目される〉と、古代大和朝廷の地方統治の要衝にたとえて持ち上げている。

 総監は福岡県知事(当時)の戸塚九一郎氏。次のような抱負を残している。

 〈九州の地は皇国三千年の歴史においてかの元寇をはじめ数度の外敵侵寇を撃砕せる光耀ある伝統を有する地であり、忠勇なる軍隊による完璧の防備と、地方総監府を中核とする官民一致の敢闘とにより、必ずや再びこの伝統を発揮し、もって皇土防衛の第一線たる重責を完全に果たすべきことを信じて疑わない〉(福間慎一)

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