平野啓一郎 「本心」 連載第274回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

 僕は、三好の本心が知りたくて、自分でも驚くほど、率直に尋ねた。しかし、流石(さすが)にその言葉は、耳に入るなり、僕を苦しめずにはいなかった。

「……イフィーが求めてるようなかたちで好きになる自信は、……ほんと言うと、あんまりないのよね。抱き合ったりキスしたりって、……嫌なの、どうしても。――知ってる? 料理がマズく見えるダイエット用のAR(添加現実)アプリがあるんだって。それで食欲をなくさせるんだけど、外してからも食べられなくなって、病的に痩せちゃった子のブログ、この前読んだ。……わたしにとって、セックスってそんな感じ。もう体が拒んじゃうの。好きな人でもそうだし、好きな人なら嫌でも我慢しなきゃって、何度もトライしたけど、……ダメみたい。ますます体が強張(こわば)って、相手を悲しませてしまう。……もう、壊れちゃってるみたいね、どこかが。」

「他の男の人とイフィーさんを一緒に考えなくてもいいんじゃないですか? 酷(ひど)い男の人がたくさんいたから、彼もそうだって言うのは、……かわいそうな気がします。彼との関係は、つきあってみないとわからないと思います。」

「それはわかってるのよ、頭では。だけど、わたしの体が怖がって、嫌がるから、……どうしたらいいの?」

 三好は、僕の無理解に苛立(いらだ)ちながらそう言ったが、自分を戒めるように下を向いて右手で額と目を強く押さえ、擦(こす)りつけると、髪を掻(か)き上げて、下瞼(したまぶた)を震わせながら言った。

「もちろん、わたしもいい歳(とし)して、ウダウダ言ってる自分が嫌なの。だけど、もし万が一、受け容(い)れられたなら、それはそれで、わたし、本当に好きになると思う。どこまでも。――で、そのあとに、やっぱりってフラれたら、もうきっと、耐えられない。気持ちの問題だけじゃなくて、生活全部の問題だし。自分が生きてる意味も、今度こそなくしてしまいそう。わたし、死ぬのが恐(こわ)い人間だから、……どうしていいか、わからない。でも、そうなっても、イフィーは責められないでしょう? そこまでは、求められないし。……あー、なんていうか、いざとなると、もう、断念、断念、断念の人生ね、結局。……ここまでよ、どうにか良くなっても。もう十分。……」

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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