麥粉の配給があったので、パンばかり代用食に食べる【軍国少年日記】

西日本新聞

六月十五日(金)曇後雨

 きのふ寢(ね)るのがおそかったので、朝ねむくてならなかった。

 きのふの本のお金を集めて、原田先生に提出す。

 帰りは、じっとりぬれた。母が父に傘をとゞけにゆく。猪口さんが來(き)た。母が傘をとゞけに行った間に、母のこねてあったパンをふかした。よく出來た。この頃は、先日麥粉(むぎこ)?の配給があったので、パンばかり代用食にたべる。

 野田君から切手一枚もらった。

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 【注釈】代用食…米の配給統制が全国的に開始されたのは、1942(昭和17)年2月、食糧管理法の制定から。米麦など主要な食糧が国家管理となり、国民はイモなどの代用食でしのいでいた

※福岡県久留米市出身の竹村逸彦さん(89)が14歳だった戦時中に書いた「軍国少年日記」を、できるだけ原文のまま掲載しています

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