「困って死にたくなったら…」坂口恭平さん、コロナ禍に思うこと

西日本新聞 文化面 藤原 賢吾

コロナ禍を生きる

 「右向け右」の号令で、みんなが右を向くのは当たり前なのか。左を向いても、下を向いてもいいんじゃないか。コロナ以前まで良しとされた「多様性」や「寛容」はどこへ行った?

 この人は一体どちらを向くだろう。ひょっとすると、走り去ってしまうかもしれない。知恵を凝らして豊かに暮らすホームレスの人々を取材した著作でデビューし、東日本大震災後は政府に絶望し「新政府初代内閣総理大臣」を名乗った。早稲田大で建築を学び、作家、歌手、陶芸家…。肩書を挙げればきりがない。近著の書名はズバリ、「まとまらない人」。坂口恭平(さかぐちきょうへい)さん(42)である。

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 坂口さんは地元の熊本市で淡々と暮らしていた。原稿を書き、畑を耕し、料理を作る。絵画や陶器、セーター、果てはギターまで。心の赴くままにあらゆるモノを生み出し続けている。この自らの手を生かし静かに過ごす行為を、彼は「手の抵抗」と呼ぶ。

 「これは、権力に対する抵抗なんです」

 坂口さんによると、権力は「『できないこと』を自覚させたがる」。自ら何でもできてしまうと、統治しにくいからだ。

 「国家は税金を集める装置。会社で働かせ手取りをはっきりさせたほうが統治しやすい」

 方針を二転三転させながら国民を導く首相は、諸手(もろて)を挙げて付いて行くに値する人だったのか。都合の悪い公文書はいつの間にやら改ざんされ、真相は薮(やぶ)の中。「桜」を巡っては夫婦揃(そろ)って庶民の感情を逆なでした。災禍の間隙(かんげき)を縫った検察庁法改正案は渦中の人物の賭けマージャン問題で流局。「国民の批判は真摯(しんし)に受け止める」。当の首相からは、こんな言葉を何度も聞かされた。

 「政府は反省しない。それを態度で示している」。そんな人たちからの要請に無条件で従うべきなのか? 彼は言う。

 「自分の頭で考えることが大切ではないか」

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 坂口さんは、長く双極性障害(そううつ病)に悩まされ、自殺衝動から何度も逃れてきた。多くの人が生きづらさを抱えるこの国では、今も自殺者が年2万人に上る。月にすれば1600人以上。彼は、コロナ以前から現代社会を戦時のような非常事態だと捉え、「新政府」では自殺者ゼロを公約に掲げた。2011年5月にネットで携帯番号を公開し死の淵に立つ人の声に耳を傾け、体を休めるように促すなど具体的な助言を送る。この「いのっちの電話」を通し、これまで延べ1万5千人超の心の叫びに伴走してきた。震災時は、原発事故による放射能を不安視する人に熊本の避難場所も提供した。

 今春、緊急事態宣言が出ていた頃は社会全体が沈んだ。電話相談はじわりと増えて1日平均10件ほど。「死にたい」という悲痛な声はコロナ前後も変わらないが、バイトを失った学生など不安定な雇用で真っ先に苦しくなる人たちからも寄せられるようになった。

 バブル崩壊以降、終身雇用が崩れ、非正規雇用が増えた。「構造改革」や「アベノミクス」で築かれたのは、とどのつまり、砂上の繁栄だったのか。

 「これまでぼんやりとしていた自殺の理由が、コロナによって顕在化したのかもしれません」

 坂口さんはネットが危機感を煽(あお)っているとし、現実から物事を考えることを重視する。全国で展覧会が自粛された時期に実物の絵に触れてもらおうと、自作を無償で貸し出した。

 「リモートやオンラインには全く関心がありません。やっぱり実物。現実が最高のオンラインなんです。これから、現実への見方が変わっていくはずです」

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 現実を直視しながら流されず、自らの手でささやかな暮らしを成り立たせるのは、鎌倉時代に鴨長明が「方丈記」でつづった内容にも通じる態度である。そう言えば、震災後に刊行した坂口さんの代表的な著作の一つ「モバイルハウス 三万円で家をつくる」は現代の「方丈」とも言えるモバイルハウスの暮らしの豊かさを伝える内容だった。

 彼はこうも考える。人はお互い助け合うことで生き延びてきた。病気や障害のある人に寄り添う気持ちがなければ、人類はとっくに滅亡していたはずだと。

 近代化と合理化で、私たちは「手の可能性」を狭めてしまった。ただ、この手は生み出すだけでなく、差し伸べることもできる。

 「本当に困って死にたくなったら、すぐに電話してください」

 ウィキペディアにまで携帯番号が載るこの人の言葉は、災禍の只(ただ)中でも揺るぎない。 (藤原賢吾) ◇医者に扮(ふん)した坂口恭平さんが参加者の悩みを聞き解決への処方を考えるワークショップから生まれた新著「自分の薬をつくる」を7月14日に刊行予定。晶文社刊、1650円。

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