平野啓一郎 「本心」 連載第276回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

 それでも三好は、きっとイフィーを愛するようになる、と僕は予感していた。イフィーも。――そしてその愛は、長く続くだろう。……

「そうね、……いつまでもここにいるわけにもいかないよね。朔也(さくや)君の生活もあるし。」

「僕は、イフィーさんのところで、多分もう少し働くことになると思います。」

「本当?」

「はい。だから、もう一度、イフィーさんと話し合ってみてください。彼もそれを望んでると思います。」

「ありがとう。……話すこと、いっぱいある。彼の家族と、会ったことがある?」

「一度もないです。」

「もしつきあうなら、挨拶(あいさつ)したいけど、お金目当てでヘンなのが転がり込んできたって思われそうね。……」

「二人の問題ですから。三好さんだって、ご両親にイフィーを紹介しないでしょう?」

「まあね、……一人で生きていくのは寂しいけど、本当は、同性の友達を同居人として探すべきなのよね、わたし。……朔也君との生活は、そんな感じで続きそうな気も、どっかでちょっとしてたんだけど。……」

「大丈夫ですよ。」

 三好は、僕が何に対してそう言っているのかがわからない風に、曖昧に頷(うなず)いて、

「ありがとう。」

 と言った。

「大丈夫です。」

「うん、……話し合いが終わるまで、もう少しだけ、ここにいさせてもらっていい?」

「もちろん、家賃を払ってもらってますから、それは遠慮なく。」

「よかった。」

 三好は、僕からの言葉が、もうないことを知ると、大きく息を吐(つ)いて、徐(おもむろ)にテレビを振り返った。

 映画は、いよいよモヒカンにしたトラヴィスが、少女を救出するために売春宿に乗り込んでいく大団円に差し掛かっていた。

 僕たちは、その血腥(ちなまぐさ)い銃撃シーンを無言で眺めた。「ぶっ殺してやる!」と、撃たれた男の一人が連呼している。トラヴィスも撃たれた。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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