姿消えゆくラグビー部…県内には2校のみ なぜ鳥栖工は残るのか

西日本新聞 佐賀版 入江 剛史

 シーズンが本格化するのは秋から。ただ鳥栖工業高ラグビー部は「春」に正念場を迎える。

 今年4月の入学式まで1週間に迫ったある日、部員20人余りが校舎内の一室に集まった。「威圧感を与えないように勧誘は少人数で」「体験入部してくれた新入生を校門まで送ろう」。2時間ほど新入部員の勧誘策を練った。15人の獲得目標を掲げ、この会合を5回も重ねた。

 昨季の3年生はわずか4人。試合には15人が必要で、けが人も出る。部員不足が部の存続を脅かすことを今の生徒は肌で知る。新型コロナウイルスによる臨時休校で時間が限られる中、げた箱で靴を履く新入生に、昼休みに中学校の後輩に、声をかけまくった。

 2年の河原草太(17)も必死だった。「1回でいいけん、ラグビーにこん?」。誘われて入部した1人は中学では帰宅部で、ワールドカップ日本大会もあまり見ていない。「先輩が親しみやすく、キックしている姿がかっこ良かった」

 獲得した新入部員は12人。うち経験者は3人だけ。大半は何かに惹(ひ)かれて新たな世界に飛び込んできた。佐賀の高校ラグビー部は強豪の佐賀工業高と鳥栖工のみ。他校が姿を消す中、なぜ鳥栖工は残るのか―。

 昨季まで9年間、監督を務めた水野貴人(46)は「仲間意識が強いラグビーの良さを伝えることで人は集まる」と考えてきた。

 「ナイスラン」「いいね」。練習中も互いを認め合う。肩や腰に手を当ててたたえたり、ヘッドキャップをかぶせてあげたり。上下関係はなく、多くの部員が「仲が良い」と言う。

 今年は新入生の勧誘シーズン後にもう1人部員が増えた。2年の山本尊(17)。昨年9月に部を辞めたが、教室の廊下側に座っていると、通りかかる河原たちが「戻ってこいよ」と声を掛けてくれた。監督の徳永元紀(39)に告げた。「また仲間とラグビーしたい」

 この居心地の良さは卒業後も変わらない。創部は戦後間もない1947年。毎年1月3日に若者から年配者までOBが集結する。現役と試合し、夜に新年会。OBの緒方俊之(42)の串揚げ店で酒を酌み交わす。夜も更ければ1対1でスクラム。緒方は「若い人とも飲みながら仲良くなる」。

 この結束が形となったのがトレーニングルームだ。「けがをせず、ラグビーを楽しむには体づくりから」。前監督の水野が校舎内の旧実習室にトレーニング器具を運び込んだ。OBや保護者たちの資金協力を得て、器具を年々増やした。

 ここで週2回、部員は体を鍛える。水野も徳永も「子どもたちは筋トレ好き」と言う。やればやるほど体は大きく。努力が実を結ぶ。勉強や運動が得意でない子も、人とのコミュニケーションが苦手な子もいる。「自分を変えたい」。監督は変化を遂げようとする部員の気持ちを感じ取る。

 毎年6月の県高校総体は新入部員の心を揺らす。ラグビーも佐賀工の強さもあまり知らずに入部し、「体が大きく、かっこいい」先輩が佐賀工と闘うのを目の当たりにする。大差での敗北は、自らも強者に立ち向かう者になるのかどうかを問う。

 トレーニングルームの黒板には今年のスローガン。「NO PAIN NO GAIN」(痛みなくして 得るものなし)。21日の県高校総体の代替大会で1強に挑む。痛みの先には何があるのか。 =敬称略
 (入江剛史)

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