白菊特攻隊・宇都宮一飛曹がいらっしゃった【軍国少年日記】

西日本新聞

七月三日(火)曇後晴後曇

 今日は主として運搬。さほどつかれず。

 久留米えきに「白菊特攻隊・宇都宮一飛曹」がいらっしゃった。

 工場にて“fly paper”の配給あり。五銭。明日より工場でつける日記の紙をとぢた。

 八時半しゅうしん

三時五十分警戒警報

十四時警戒警報(大型一機)

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 【注釈】▽白菊特攻隊…「白菊」は、帝国海軍が偵察搭乗員を教育するために開発装備した練習機。敗色濃くなった戦争末期、「特攻機」に改造され、250キロ爆弾2発を搭載して敵艦めがけて体当たりを敢行するという、悲劇の運命をたどった。竹村さんによると、明善校の生徒たちと国鉄久留米駅に行き、戦地に赴く宇都宮一飛曹を見送った記憶があるという。10年ほど前、竹村さんは宇都宮一飛曹の生死を調べたが分からなかったそうだ

 ▽fly paper…ハエ取り紙。細長い紙に粘着剤を塗ったものを部屋につるしていた

 ※福岡県久留米市出身の竹村逸彦さん(89)が14歳だった1945年に書いた「軍国少年日記」を、できるだけ原文のまま掲載しています

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