かえるを串刺しにして焼き、塩をふって食べた 言葉を刻む(17)

かえるを串刺しにして焼き、塩をふって食べた

 (沖縄県大宜味村、平良啓子さん)

 1945年4月に米軍が沖縄本島に上陸し、家族と山中を逃げ惑った。母はマラリアで動けず、食べる物もなくなった。4歳の弟は栄養失調になり、痩せているのにおなかが膨れ始めていた。焼いたかえるを前に「汚い、怖い」と嫌がる弟。「死ぬよ」と脅して食べさせた。「おいしい」と喜び、かえるを探すようになった弟の姿を見てうれしかったという。トンボやセミも捕まえて生き延びた。2017年夏、82歳の時に本紙の取材に語った。

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