「助けて」が言える社会に

西日本新聞 オピニオン面 永田 健

 新型コロナウイルスの感染拡大の勢いは弱まったとの判断で、国も自治体も本格的な経済活動の再開に向けてかじを切った。しかし、日本経済の苦境はまだまだ続きそうだ。

 「コロナ不況」で仕事を失った人々、仕事が減った人々の生活難の深刻化が懸念されている。見方によっては、ウイルスそのものより大きな社会的危機となるかもしれない。

 長年、北九州市を中心に生活困窮者の支援に取り組んできたNPO法人「抱樸(ほうぼく)」の奥田知志(ともし)理事長に、コロナ不況下での困窮者の現状や、この状況をどう捉えているかを聞いた。奥田さんは牧師でもある。

   ◇    ◇

 -奥田さんが今一番心配しているのは?

 「『雇用と住居の同時喪失』です。工場の寮住まいなど住み込み型就労の非正規労働者たちは、雇い止めされたら仕事と住む場所を一緒に失う。そうなるとすぐ生存に関わるレベルの困窮に追い詰められる。これが第一の危機です」

 「もう一つの危機は孤立。派遣労働者は一つの職場での就労が短期間なので人間関係が希薄になりがち。そうなると困ったとき『助けて』と言う相手がいない。端的にいえば自死を考えたときに止めてくれる人がいない。さらにコロナで人の交流が減り、困窮者の孤立が深まっているのです」

 -困窮の背景には、非正規労働者増加などの社会的要因がありそうですね。

 「ウイルスは新型ですが、むしろ日本で進行していた社会の構造的な脆弱(ぜいじゃく)性が顕在化している、と見ることができます」

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 -「助けて」が言えないのはつらいですね。

 「この20~30年、徹底した自己責任論が社会に広がった。『助けを求める人は駄目な人』というのが自己責任社会の誤った道徳観です。それが生活保護受給者へのバッシングとなり、同時に困っている人たち自身の意識も縛ってきた」

 「しかしよく考えれば、健康保険を使うのも介護保険を使うのも、生活保護受給を申請するのも全く同じ権利であるはず。健康保険使って病院に行くのに、いちいち申し訳ないと思う必要があるでしょうか」

 -コロナ以後、各地で生活保護申請の相談件数が増加しているようです。

 「今は一部の人が困るのではなくみんなが困っている。遠慮などせず申請して、自立した後でちゃんと税金を払えばいい。役所も申請者に嫌みなど言わず『勇気を持ってよく来ましたね』と言うべきです」

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 コロナ危機であらわになったのは「自己責任論」の危うさだと思う。「災難は誰にも(真面目に頑張っている人にも)やって来る」という当たり前のことを忘れ、浅薄な自己責任論に乗っかって「共助」や「公助」の精神を軽んじ、セーフティーネットの構築を怠ってきた私たちの社会。そのツケが回っている。

 奥田さんの言う通り、健康保険を利用するのも生活保護を受けるのも「公助のシステムを使う」という点では同じである。「次に困るのは自分かもしれない」と想像すれば、困っている人々への思いやりと共感も強まる。コロナ後を見据えて目指すべきなのは「ためらいなく『助けて』を言える社会」ではなかろうか。

 (特別論説委員・永田健)

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