「成金饅頭」に新規参入 直方銘菓、菓子文化つなぐ

西日本新聞 筑豊版 安部 裕視

まとや「街に変化を」

 地元伝統の菓子文化を未来につなげようと、福岡県直方市の古町商店街に銘菓「成金饅頭(なりきんまんじゅう)」を作る事業者に新たな1社が加わり、のれんを掲げた。屋号は「まとや(纏屋)」。明治末期に生まれ、石炭景気に乗って繁栄した歴史とともに、若い世代も刺激する今風の味や装いをまとう菓子作りを目指すという。

 4月に同市で設立した「株式会社纏屋」(浅野雅晴社長)が、成金饅頭を製造販売する市内4社の一つだった「菓舗四宮」の事業と従業員を引き継ぎ、5月末に店舗を開いた。商品は北海道産のうずら豆を使った、ほどよい甘さの白あんを、地元産の鶏卵などを原料にもっちり、しっとりと焼き上げた皮で包む。

 「纏屋」専務の井上友尋さん(42)は「石炭景気の風を受けて広がった、福のある銘菓。お菓子には人を幸せにする力がある。多くの人に『お福分け』をし、商店街ににぎわいをつくる力になれれば」と意気込む。同い年の友人で、福岡市で建築設計の会社を経営する浅野社長も「この地にしっかり足を着けながら、新しい風も吹かせ、街にいい変化をもたらす存在になりたい」と言葉を継ぐ。

 成金饅頭は「災い転じて福となして」生まれた。直方郷土研究会会長の牛嶋英俊さん(74)によると、生みの親は八女の穀物商の長男だった牛嶋さんの祖父、準蔵さん。石炭景気で沸く直方に移り、日露戦争のさなかに北海道からうずら豆を大量に買い付けたが、講和が進んで相場が暴落。切羽詰まって「豆で作ったあんこがいっぱいの菓子」を発案して売り出し、大当たりした。

 「成金」と命名された経緯は不明という。当初は名無しの菓子。明治期に極貧の生まれから炭鉱王に上り詰めた直方出身の貝島太助の出世になぞらえ、大正期以降に当時褒め言葉だった「成金」を饅頭の名にしたのではないか。牛嶋さんはそうみる。シンボルマークの「ねじ梅」の焼き印は牛嶋家の家紋が由来だ。

 出世を表す名から縁起物として贈答品にも使われてきた伝統を踏まえ、浅野社長は「贈り物や手土産としてもご利用いただけるよう、パッケージも工夫した」と話す。中サイズ(直径約7・5センチ)の饅頭5個をライトグレーの紙箱に納めた商品は、1箱1050円(税込み)。表面は今のところ無印で、今秋に焼き印をまとう予定だ。

 井上さんは、準蔵さんと同じ八女市出身で「まとや」開業を機に、ガス販売から転じて直方市に移り住んだ。「史実を調べてご縁があると感じ、この仕事をやろうと後押しをしてくれた」と明かす。地元産フルーツを使うなどし、伝統をまとう和菓子店から新たなスイーツの提案も構想している。営業時間は午前9時~午後4時で不定休。まとや=0949(25)0001。

(安部裕視)

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