平野啓一郎 「本心」 連載第282回 第九章 本心

西日本新聞 文化面

 仮想空間と物理的現実との境界を突き破ったのは、ドローンだった。

 実際に準備されたのは、二機だけで、更(さら)に飛ばされたのは、一機だった。つまり、岸谷に渡されたもので、それには、十分に殺傷能力のある量の火薬が積まれていたのだった。……

 僕は、岸谷が本当のところ、どこまでのことを知っていたのかはわからない。報道通り、すべてを真に受け、欺(だま)されていたのか。ゲームのつもりだったのか、それとも、本当に殺意を抱いていたのか。――わからなかった。

 自棄(やけ)を起こしたように「イヤになった。」と語っていた彼の口調には、破滅的な響きがあった。彼は、いつも、どこかもどかしそうな話し方をした。それは、僕に本心を明かしたくて、明かせなかったのか。それとも、ひょっとすると、そもそも本心を語る言葉を、持ち合わせてはいなかったのではあるまいか。ティリとも違って、彼は言葉巧みに見えていたが。――

 それでもともかく、彼は踏み止(とど)まったのだった。何故かはわからない。ゲームじゃないと気づいたからなのか、間違ったことをしていると感じたからか。

 幾つかの記事を読んだ後に、僕は初めて、岸谷に手紙を書いた。

 体調を気遣い、心配しているというだけの内容だった。初公判は、三月の予定だったが、出来ればその前に面会に行きたかった。

 彼が僕に対して、どんな感情を抱いているかはわからない。拒絶されるのでは、という気もした。少なくとも、藤原亮治との面会の日までに、彼からの返事は届かなかった。

      *

 作家の藤原亮治は、世田谷(せたがや)区の砧(きぬた)公園近くにある介護付きの有料老人ホームに一人で入居していた。面会の日は土曜日で、僕は小田急小田原線で祖師ヶ谷大蔵(そしがやおおくら)まで行き、あとは地図を見ながら、民家が建ち並ぶ細い通りを抜けて徒歩で辿(たど)り着いた。

 新宿のデパートの地下で、手土産にゼリーの詰め合わせを買っていた。高齢なので、喉につまらせないもの、硬くないものを考えた。

平野氏のメッセージ

私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!

平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール

 1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。

マチネの終わりにの公式サイト

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