さあ戻ろう夢の球場へ 下村佳史

西日本新聞 オピニオン面 下村 佳史

 「それは、私の心を打ち砕く」-。

 かつて米大リーグ機構(MLB)のコミッショナーを務めた故A・バートレット・ジアマッティが書いた随筆「心のグリーンフィールド」の一節だ。レッドソックスの大ファンだった彼は毎年、どれだけ待ってもワールドシリーズで優勝できない無念さをこう表現した。当時はイエール大で教える文学者だった。

 「ゲームは春に始まる。その時、ほかのすべてが再び動きだす。それは夏に花を咲かせ、午後と夕方を満たしていく…(中略)。そして、あなたを残して去り、一人、秋と向き合わせる」。悔しさを吐き出しながら、季節が巡る中でゲームをいとしんだ。

 新型コロナウイルス禍でプロ野球ファンも今春、心打ち砕かれたかもしれない。開幕を待ちわびながら、40年以上前に書かれた「心の-」を何度も思い出した。

 「なぜ、ホームプレートは『四塁』と呼ばないのですか」。ジアマッティは4番目の「ベース」ではなく「ホーム」という言葉が使われることに着目し、野球文化について考察した文章も残す。

 ホームは「家」という場所を指すだけの言葉ではない。ほかの言語に翻訳できない概念が含まれているという。安心や親近さ、包み込んでくれる趣…。移民が築いたこの国では「特別な響きがある」。

 人々は開拓時代、東部にホームを残し西部へと旅立った。途中には開拓民を守る部隊が駐留するベース(基地)があった。ベースにいれば、命を失うことはない。だが、とどまっていては開拓はできない。命懸けで旅を続け、新しいホームを築いた。

 野球では、出塁した走者は打撃によって送られたり、果敢に塁を盗んだりし、苦難の末、ホームへと到達して点を得る。「野球には『開拓者精神』が息づく」。ジアマッティはこう気付かせてくれる。

 「(米国で)長い年月、変わらなかったのは野球だけだ。(中略)野球のグラウンドとゲームは、この国の歴史の一部だ」。映画「フィールド・オブ・ドリームス」のせりふである。米国の原風景と言える、どこまでも続くトウモロコシ畑。そこに、不思議な声に導かれた農夫が球場を造る。破産寸前に追い込まれた農夫は球場を手放すよう迫られたとき、こんな話を聞く。「失われた善が、再びよみがえる可能性を示してくれる」

 野球は、邪心を払い、純真な心を呼び戻す。さあ、無心だった子どもの頃に戻ろう。そして、それぞれの「英雄」を声高らかに応援しよう。 (福岡西支局長)

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