見舞いを避ける?子どもたち 連載・霹靂の日々【30】大島一樹

西日本新聞 くらし面

 リハビリのない慢性期病院で始まったオクサンの新生活。私に少し焦りがあったかもしれません。

 久留米の急性期病院のときはほぼ毎日通っていましたが、顔を見て話しかけることがメイン。週に2~3回、見舞いに行った由布院の回復期病院でも、似たような内容でした。それがここでは、毎日病院に行って、自分たち家族でリハビリをしなくちゃいけない…。義務感というか使命感というかプレッシャーを感じていました。

 当時はまだオクサンが倒れて10カ月。生活のリズムをつかめず、ペースができていなかったと思います。仕事は思うようにできない、家事も不十分、子育ても空回り。これに病院でのリハビリが加わり、おそらくこのころからの半年が、家族の生活としてはグチャグチャだったでしょう。倒れた直後とはまた違う、未来の不透明さが重くのしかかっていました。

 チャンスがあれば子どもたちも連れて行くようにしていましたが、あまり行きたがらないのが引っかかりました。病院まで車で2時間の距離が20分と短くなっても、なのです。

 母親とコミュニケーションができない、返事ができないことも原因と思いますが、大変な状況を見たくない、ということが真相だったのかもしれません。「友達の家に行く」「用事がある」、そして「行きたくない」。そんな返事にガッカリすることも増えました。

 (音楽プロデューサー、佐賀県みやき町)

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