あの日、何を報じたか1945/6/29【守り抜け土の戦場 米や麦は分散 行き過ぎ待避で「時」失うな】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈大牟田、福岡両市に対する敵空襲以来、農村地方では誤った防空への行き過ぎ的懸念から警戒警報のサイレンと同時に野良の農夫ともども家族全部が防空壕に待避し、貴重な食糧増産への「時」を空費する遺憾な実情を示している〉

 空襲への恐怖が場所に関わらず広がっていることを示す記事。福岡県防空課が農村部への防空の技術と〈空襲下にも絶対畑を離れぬ敢闘魂〉の指導に7月から着手すると伝えている。防空課長は次のような備えを農村部に求めている。

 ▽今までのように生産した食料を屋根裏や倉庫の1カ所に大量貯蔵すると、一度に焼失の恐れがある。地面に掘った穴では湿気で腐敗する恐れがあるので、山野に数カ所、分散して備蓄するのが最善。

 ▽食料以外の農具や衣料は「地窖(ちこう)」(※あなぐら)を築造して、そこに保管して守る。

 ▽警戒警報に続く空襲警報の場合も、田畑での作業は休止せず増産に敢闘してほしい。敵機が近づいてきたら畝や「たこつぼ壕」に待避すれば十分。機銃掃射のおそれがある時は飛来した敵機の反対側に伏せる。

 ▽密集度が低い農家では被害は少ないので、家の防護は警防団員が当たり、増産作業に1人でも多く確保すること。高齢者や子どもは施設に収容し、空襲の場合は防空壕に待避させる。

 空襲を前に逃げることの「悪」は、紙面で繰り返し繰り返し説かれている。(福間慎一)

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