しがみついて生きる花【坊さんのナムい話・14】

西日本新聞 くらし面

 人は意志、思想、感情など形がないものを伝えるために、古来よりさまざまな言い回しや表現を作り出してきました。中には美しさを感じるものも。それが花の終わりの表現です。

 花の終わり方は花によって違いますから、表現もさまざまです。例えば日本人が大好きなサクラは「散る」です。春風に乗ってばらばらになるからでしょう。ツバキは「落ちる」。花が丸ごとぼとりと落ちる様子を表しています。花びらを一枚ずつ一気に散らすボタンは「崩れる」、低い位置からぽろぽろ落ちるウメは「こぼれる」、キクは「舞う」。こうした表現の中で、私が特に好きなのはアジサイです。

 アジサイといえば、初夏のお花屋さんにたくさんの種類が並ぶ人気の花です。虫を寄せ付けず消毒が要らないため比較的簡単に育てることができ、なおかつ花の期間が長いのでたくさん植えて観光地化している場所もあります。何より色鮮やかで美しい。

 そんなアジサイも人気が出たのは最近です。数十年前までは嫌われる花でした。土壌の酸性度によって色が変わるため、心変わりに通じるとされ、花言葉は「移り気」「浮気」「変節」。とても恋人には贈れませんね。もっとも最近は「和気あいあい」「家族」「だんらん」との花言葉もあるとか。花びらのようながくが4枚で「しまい(終わり)」ということ、わずかに毒性があるということでも嫌われました。

 しかし、これって少し私たちに似ているとは思いませんか。縁に触れればころころと心変わりし、どんなに盛んでも必ずしまいが来る。外面を美しく装っても内には毒を持つ。なんだか私自身を言い当てられているようです。

 そして、アジサイの終わりの表現は「しがみつく」です。落ちることなく、枯れたままそこに居座ろうとする様子からでしょう。

 お釈迦(しゃか)様は「執着が苦しみを生む」と言いました。変わることが当然のこの世界で、変わらないことに執着する心「我執(がしゅう)」が苦しみを招く、と。しかし執着の中でしか生きられないのも私です。それでも花を咲かせ、美しく生きたいと願う。だから私はアジサイに親近感を抱くのです。

(永明寺住職・松崎智海 北九州市)

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