「不安はパッと消えまっせ」始まりは耳打ち 酷評されたアベノマスク

西日本新聞 一面 河合 仁志

スピード優先が混乱招く

 未知の新型コロナウイルスとの戦いに右往左往した政府。とりわけ世論の不興を買い、身内からも「失策」と酷評されたのが、全世帯向け布マスクの配布だった。「サイズが小さい」「(当初見積もりで)466億円も費やす価値があるのか」、そして「遅すぎる」。ネット上にさまざま書き込まれた安倍晋三首相肝いりの施策は、霞が関で進む「静かな危機」も浮かび上がらせた。

 「予定より遅れるのは事実だ」。菅義偉官房長官は4月24日の記者会見で、5月中の見通しだった全世帯向け布マスクの配布完了が大幅にずれ込むことを認めた。先行して配った妊婦用マスクから汚れや髪の毛などの異物が見つかり、納入業者が全世帯向けも含めて未配布分を回収、検品すると明らかにしたからだ。

 結局、全世帯に行き渡るのは市場のマスク供給が完全復活してしばらく後、6月20日を待たねばならなかった。

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 「国民全員にマスクを配れば、不安はパッと消えまっせ」。側近の官邸官僚から耳打ちされていた構想が、首相の中で明確な像を結んだのは3月26日のこと。政府が民間の経営者らからヒアリングする場で、後に最大の布マスク受注メーカーとなる興和(名古屋市)の社長が「高い品質や顧客満足度の観点から、他社には模倣できません」と自社製品を売り込んでいた。

 中国の工場で1万人以上の人手を確保し、既に福祉施設や保育所向けの布マスク生産も請け負っていた興和。首相のゴーサインの下、経済産業省幹部は「全世帯に2枚ずつ、4月末までに計1億枚の調達を視野に、『大車輪』での追加生産をお願いした」。4月1日には首相が公にした。

 だが、短期間で大量のマスクを用意するには、からくりを要した。「納入現品に隠れた瑕疵(かし)を発見した場合であっても、責任を追及しない」。先立つ3月17日、政府が最初に興和と交わした契約書の一文からはスピードを優先し、事実上、検品作業を省略できる含意が読み取れた。

 やがて、中国やベトナムで生産された布マスクが日本の品質基準を満たさない状態で納品され、回収、検品の無駄手間を招いたのは当然の帰結だった。

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 こうした課題と処方箋は通常、施策を担当する省庁が事前に綿密にシミュレーションして洗い出しておくべきものだが、今回その形跡はなかったという。「おかしいと感じても、途中で立ち止まる人がいなかった」と経済官庁幹部。似た構図なのが「国民1人10万円の特別定額給付金」だ。4月の決定から2カ月半近くが過ぎた今も、都市部を中心に届いていない。

 給付事務は自治体に委ねられたが、申請書類の開封や内容確認など作業量が膨大となり滞った。政府が期待したオンライン手続きもアクセスが集中してうまく機能せず、使用するマイナンバーカードの使い勝手の悪さが話題になる始末。20政令市でつくる指定都市市長会は「事務処理の想定が不十分なまま制度が開始された」として、政府に対し一元的な給付システムをつくるよう求めた。

 布マスク配布と相通じるのは、指示を迅速、着実に執行できずにあえぐ「官」の姿。長年、霞が関に身を置いてきた経済官庁OBはこう懸念する。「長期政権下で官邸の意向ばかりを気にする風潮が強まった結果、行政全体に目配りしながら実務を進めていく力が落ちてきているのではないか」

(河合仁志)

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