あの日、何を報じたか1945/7/2【有効なラジオの活用 空襲下は鉱石受信機が安全】西日本新聞の紙面から

西日本新聞 福間 慎一

 〈文字通り連日昼夜をわかたぬ空襲下の生活にラジオの防空情報がどれほど役立っているかは近頃誰でもが身にしみて感じることであるが、空襲によるラジオ器械損失も少なくなく、また故障しても資材入手難などから修理が容易でなかったりして、活用されているラジオの数は減少する一方である。この貴重なラジオをどうしたら最も有効に活用できるかなどについて、福岡放送局の澤田放送部長に聞く〉

 戦時中、不足しているのは衣食住だけではなく、ラジオのような耐久消費財も同じだった。当時の日本放送協会福岡放送局は現在の福岡市・天神にあり、NHK福岡放送局史によると、福岡大空襲の際は「福岡を守ってください」と繰り返し放送した。放送局周辺は炎に包まれ、軍司令部との連絡はしばらく途絶。焼け出された市民のために、局員が局の屋上から、拡声器を使って情報を伝えたという。

 放送部長は〈ラジオは兵器であり公器であることをよく考え、敵襲時に家が危うくなったらラジオを持ち出すことを忘れないでほしい〉と求めている。空襲時、国民は防火に徹するよう求められていた中で、ラジオが他の家財道具とは位置付けが異なっていたことがうかがえる。話は続く。

 〈空襲で電灯線が切断されると付近のラジオは用をなさなくなる(中略)。こんな場合に役立つのは電池式と鉱石式であるが、(中略)残念ながら乾電池の補充がきかず、いざとなればあまり頼りにならないものである。その点、鉱石受信機は一番安全性があるが最近では大抵電灯線利用の受信機で、鉱石式受信機はほとんど見当たらない〉

 電力を必要としない鉱石受信機は、ラジオ普及当初に使われたが、当時はすでに「時代遅れ」。非常時にあらためて注目され、紙面では大型の図解入りで〈簡単な鉱石受信機の作り方〉が紹介されている。放送部長は、ラジオを聞く際の注意点として、次のようなことを挙げている。

 〈情報を伝達しているときに、よく間違った情報をしている人がある。例えば地名の大牟田、大村、大分はなかなか聞き分けにくいし、機数も間違われやすい。伝達する人はよくラジオを聞き、自分の意見を交えず正確に伝達してほしいものである〉(福間慎一)

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