大統領が仰ぐ20ドルの男

西日本新聞 オピニオン面 上別府 保慶

 佐賀藩出身の久米邦武は明治時代に日本の歴史学の基を築いた人物だ。

 ところが帝国大教授だったときに「神道は祭天の古俗」だとして、神話の伝承と歴史を混同するべきではないとした論文が批判を浴び職を追われた。久米の考えは今は常識だが、日本が第2次大戦に負けるまでは危険な考えだったのである。

 佐賀藩で前藩主の鍋島直正の近侍を務めるほど秀才の誉れ高かった久米は、明治になると岩倉具視使節団に加わって1871年から1年9カ月間にわたって欧米を旅し、視野を広げた。

 米国では、荒野に追いやられた「インディアン」と呼ばれる先住民の貧しい暮らしぶりを見て、白人社会とのあまりの落差に驚く。そして先住民と日本人の間には、容貌や風俗などで似た点が多くあり、大昔に東洋から渡来したのではないかと考えたことを「米欧回覧実記」に書いている。

 今日、久米の直感はDNA研究で証明されている。

 その先住民から生活の地を奪ったのは第7代大統領のアンドリュー・ジャクソンだった。開拓民出身のジャクソンは軍人として先住民との戦いで声望を築いた。学歴はなかったが、土地投機と大勢の黒人奴隷を使う農園の経営で下院議員、上院議員とのし上がった。

 ジャクソンは大統領となってからも先住民を虐げた。狩猟で生きる彼らに農業を教えるとして、住む土地を白人に譲らせることを考えた。1830年に制定された強制移住法で先住民はミシシッピ川の西側に追い立てられた。連邦最高裁の長官はこれを違法としたがジャクソンは無視した。

 銃剣でチェロキー族を追い立てる任務を命じられた兵士が書き残している。

 「彼らは死への道を歩んでいた。暖は取れず、馬車や地面で眠る。1日に20人もの人々が肺炎、風邪、はやり病で死ぬのを見た」

 今日、先住民たちが歩んだ約1600キロは「涙の道」と呼ばれている。

 だが20ドル紙幣の肖像に納まるほど、ジャクソンは白人社会の人気が高い大統領だ。たたき上げで粗野だが思うことは貫く姿勢が受ける。彼が公文書に了承のサインをする時に「All Correct」(全て正しい)と書くつもりが、つづりを間違えて「O(・)ll K(・)orrect」とした話は有名で、これが「OK」の語源になったとされる。

 今のトランプ大統領はジャクソンの大ファンで、就任した直後に執務室へ肖像画を掲げて、彼の姿勢に倣うことをアピールした。

 だがコロナ禍は米国社会の矛盾もあぶり出している。有色人種差別に反発するデモでは、ジャクソン批判のプラカードが見える。彼を英雄視する現大統領もまた資質を問われている。

 (特別編集委員・上別府保慶)

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