「社会的に終われ」感染者追い込む不寛容 同調圧力が市民を分断

西日本新聞 一面 下村 ゆかり

 「もはやテロリスト。救いようがない」「特定されて社会的に終われ」

 日を追うごとに過激になるインターネット上の書き込みに、山梨県の高橋直人健康増進課長はため息を深くした。

 「炎上」のきっかけは5月2日夕、県内55例目の感染者発表だった。東京都在住の20代女性。山梨県の実家に帰省中の1日にPCR検査を受け、2日朝に陽性と判明した。記者会見した県は、女性が検査結果が出る前の1日夜に高速バスで帰京したと発表した。

 ところが翌3日、女性の申告は虚偽で、本当は検査結果を知った2日午前にバスに乗ったことが発覚した。同乗客への注意喚起のため、県がこの事実を発表すると、女性の名前や住所、勤務先や顔写真など真偽不明の情報がネットに交錯。県には「もっと女性の情報を出せ」と電話やメールが殺到した。

 県は会見で人権上の配慮を求めたが、会員制交流サイト(SNS)では「私も女性と同じバスに乗り、陽性になった」などのデマが拡散。高橋課長はそのたびに確認作業に追われた。

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 政府が4月に出した緊急事態宣言に法的強制力はない。諸外国では罰則付きの外出禁止令による都市封鎖が相次いだが、日本では政府や自治体からの「お願い」にすぎなかった。

 それでも国民の多くは外出を控え、商業施設や飲食店が休業し、ウイルス拡散を食い止めた。安倍晋三首相は5月25日の記者会見で「日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で流行をほぼ収束させることができた」と強調した。

 だが首相が胸を張る「日本モデル」は、日本社会の同調圧力の強さを物語る。国家権力とは異なる社会的圧力は、感染の連鎖を断ち切る防疫の現場に深刻な影を落とした。

 濃厚接触者の特定には陽性患者の行動履歴の把握が欠かせないが、山梨県ではこれが難航した。近所や職場に知られるのを恐れる人が少なくなく、感染者の男性からコンビニでアルバイトをしていたことを聞き出すのに数日かかったこともあった。

 名前や写真がネット上を飛び交った20代女性の感染後は、県の調査や情報公表自体を拒む人も出た。「患者が正直に感染を申告できない弊害は、社会全体に返ってくる」と高橋課長は危惧する。

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 「感染するのは本人が悪い」と考える人の比率は、欧米に比べて日本が格段に高い-。大阪大などの心理学者が3~4月に行ったネット世論調査で、こんな結果が出た。

 調査対象は日本、米国、英国、イタリア、中国。「感染は自業自得だと思うか」との質問に肯定的な回答をした比率は欧米で1~2%台、中国で4・8%だったが、日本は11・5%と突出して多かった。

 これは感染を打ち明けにくい日本社会の空気感を裏付ける。緊急事態宣言下、他県ナンバーの車を傷つけたり、営業店舗に嫌がらせの張り紙をしたりする「自粛警察」の不寛容な「正義感」とも重なる。

 「戦時中の隣組など、これまでも政府は民衆の正義感を利用して統制を図った。それが市民の分断という負の遺産を残すのを今回も見た。このままでは第2波でも同様の混乱が起きるのではないか」。埼玉大学の一ノ瀬俊也教授(日本近現代史)は第1波を振り返り、こう警鐘を鳴らす。

 東京都の感染者が急増してきた。「内なる分断」を克服し、市民の協力と連帯でウイルスに立ち向かう「日本モデル」の底力を示したい。 (下村ゆかり)

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