「私はあなたのニグロではない」 差別の病根えぐる黒人作家の言葉

配給会社お薦めの一作~オンラインで見る「Help! The プロジェクト」

 独立系の映画配給会社がコロナ対策で結集し、それぞれ権利を持つ旧作を会社別に「見放題」パックにまとめてインターネットで有料配信する「Help! The 映画配給会社プロジェクト」。配信13社の方々に自社パックから推薦作を選んでもらい、見どころを紹介していただいています。

 「私はあなたのニグロではない」(ラウル・ペック監督=2016年、米国・フランス・ベルギー・スイス、93分)=製作:Velvet Film,Inc.(USA),Velvet Film(France),Artemis Productions,Close Up Films

 ★マジックアワー代表の有吉司さんから

 【作品】

 トランプ政権が誕生した4年前の米国で異例のヒットを記録し、世界各国で受賞を重ねた衝撃のドキュメンタリー映画です。

 黒人作家ジェームズ・ボールドウィン(1924~87年)の未完の原稿「Remember This House」をもとに、彼と深い親交があり、いずれも暗殺された黒人公民権運動の活動家たち、メドガー・エバース、マルコムX、マーチン・ルーサー・キング牧師の軌跡を通して、アフリカ系アメリカ人の激動の現代史を紡ぎだしています。

 ボールドウィンの発言や講演などの映像を軸に、過去の映画や音楽の記録を交えて、黒人が公民権を手にしたものの、今も差別の本質は変わっていないことを浮き彫りにしていきます。静かながら力強いナレーションは俳優サミュエル・L・ジャクソン。

 今年5月、ミネソタ州ミネアポリスで起きた白人警官による黒人暴行死事件を受けて、黒人への暴力と人種差別の廃絶を訴えるムーブメント「Black Lives Matter(黒人の命も大事だ)」が人種を超えて、うねりのように世界に広がっています。今こそ、必見のドキュメンタリーと言えます。

 【マジックアワー】

 2005年から映画の配給を始めて今年で15周年。最初の買い付け作品は、香港の国民的人気アニメで、劣等生だけど心優しい母子家庭の子豚を主人公にしたマクダルシリーズでした。それ以降、意識して弱者に寄り添う映画を買い付けている気がします。実はマジックアワーの名刺には今でも原作者公認のマクダルのイラストが入っています。

 さらに付記しますと、マクダルシリーズは、あえて先に公開した2作目「マクダル パイナップルパン王子」が集客面で見事にこけてしまい、肝心の1作目でアヌシー国際アニメーション映画祭グランプリ受賞作「マクダルのお話~マイ・ライフ・アズ・マクダル~」が劇場公開できずDVD発売だけになってしまったのはいまだに心残りです。

 弊社最大のヒット作はアスガー・ファルハディ「別離」。そのほか、パブロ・ラライン「NO」、リューベン・オストルンド「フレンチアルプスで起きたこと」、ラヴ・ディアス「立ち去った女」など、日本で初めて劇場公開される監督の映画を発掘して紹介しています。新作は8月公開の日本映画「僕は猟師になった」、10月公開のイスラエル映画「靴ひも」になります。

 【私の映画愛】

 小さい頃から映画を見ることが大好きで、運良く就けた映画の仕事がやはり大好きで、それだけで生きてきました。

 英語はまともにしゃべれず、パソコンもまともにいじれず、何の資格も運転免許すら持っておらず、おまけにバツイチという(笑)、社会人としての私もかなりの劣等生です。そんな私でも、人との出会いには恵まれ、その助けでなんとかここまで映画に関わってくることができたのですね。神様は、自分が愛する映画や、映画に愛されている人々と出会う才能だけは私に与えてくれたのだと思います。

 映画監督相米慎二、映画評論家山田宏一、映画プロデューサー孫家邦ら、尊敬できる天才たちと知り合えて一緒に仕事をすることができたのは本当に幸せなことでした。

「私はあなたのニグロではない」より。談笑するマーチン・ルーサー・キング牧師(左)とマルコムX

 

 ★鑑賞記者の感想

 映画を見た後、脳裏に刻印されて忘れられない場面があるものだ。「私はあなたのニグロではない」では1957年、ノースカロライナ州の高校に入学する黒人少女、ドロシー・カウンツが白人たちの嘲笑(ちょうしょう)やからかいを受けながら登校する写真だ。

 彼女の表情は、ぶぜんとしていて、大きな憤りを内包しているに違いない。臆することのない誇りがのぞく一方、高校生活への不安も含むだろう。そして、悲しみ。差別される側の複雑な思いを凝縮したように感じる。そして、実は、彼女を取り囲んでからかう白人たちの嘲笑がさらに強烈な残像を結んでいる。

 当時、パリに移住し作家活動を送っていたボールドウィンは当時、この写真を新聞で見て、差別が根強い米国南部へ向かった。差別への恐れからパリへ逃れたのだが、差別是正へ行動を起こさなければならないと思ったようだ。ドロシーの写真は彼にとってもインパクトのある写真だった、と紹介されている。

 映画は、ボールドウィンが交流があった3人の公民権活動家、メドガー・エバース、マルコムX、マーチン・ルーサー・キング牧師の足跡や、絶えない人種差別と黒人への暴行事件を追う。著書やインタビュー、講演などから引かれたボールドウィンの発言がナレーションとして、記録映像として織り込まれ、黒人差別の諸相とその根源、人々の意識を掘り起こす。

 一連の発言は、まるで「黒人差別国家」としての米国をまるごとえぐり出すかのようだ。黒人排除に結びつく白人の純血主義の過ちや、米国の繁栄の陰にある黒人の犠牲を想像できず、ひいては彼らの反発を理解できない白人社会の問題など、被差別当事者としての視点は鋭い。

 黒人が登場する映画の一場面を連ねて、時代ごとに変遷する偏見や差別意識のかたちを読み解く映画でもある。2人が手錠でつながれた白人と黒人の脱獄ドラマ「手錠のままの脱獄」(1958年)を巡っては、ボールドウィンは黒人と白人それぞれの憎しみの由来を論じる。黒人の憎しみの根源には具体的な抑圧への怒りがあるが、白人の憎しみの根源には実体がなく、自らの心が生み出す恐怖がある、というのだ。

 ロサンゼルスの「ロドニー・キング事件」(1991年)で、倒れた一人の黒人を白人警官たちが取り囲んで次々と棒で殴打し、後頭部を足蹴(あしげ)にする映像がある。ボールドウィンの論立てをかぶせると、具体的に反撃される状態ではないのに、漠然とした恐怖から暴走する白人警官の集団リンチにも見えた。

 暴力で支配し奴隷として売買した黒人抑圧の積み重ねは、同時に、黒人側によるうらみの集積の果てを妄想して、根拠なくおびえる白人側の心のゆがみを生んでいる面があるのだろうか。

 今年はミネアポリスで「ジョージ・フロイド事件」が起きた。前世紀から地続きにあって変わらぬ米国の宿痾(しゅくあ)を感じないわけにはいかない。黒人に対する警官の暴行と差別の廃絶を訴えるデモが全米で相次いでいる。白人も含め、多人種が参加しており、それはかつてないことだという。人々の間には人種差別問題を自身の問題としてとらえる意識も高まっている。

 黒人側の思いを深く知って、世界共通の課題として人種差別に向き合うために、今こそ見ておきたい作品だ。(吉田昭一郎)

 ◆マジックアワー見放題配信パック(「私はあなたのニグロではない」など10作品)3カ月1000円(税込み)8月31日まで販売する。

 ◆映画館で再上映の動きも ジョージ・フロイド事件に対する世界的な抗議デモの広がりを受け、全国の映画館で「私はあなたのニグロではない」を再上映する動きがある。別府ブルーバード劇場(大分県別府市)は、7月10~16日(11日はなし)に上映を予定している。

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