炭坑絵師、山本作兵衛の紙芝居原画見つかる 飯塚市

西日本新聞 社会面 大塚 壮

 福岡県・筑豊の炭坑絵師、山本作兵衛(1892~1984)が描いた紙芝居「筑豊一代」の原画が、同県飯塚市で見つかった。炭鉱の労働や暮らしなどを表した記録画や日記など697点が世界の記憶(世界記憶遺産)に登録されている作兵衛だが、紙芝居を描いたことはほとんど知られていない。関係者によると、原画の存在は貴重という。

 紙芝居「筑豊一代」は、作家王塚跣(おうつかせん)(1917~95)の同名小説を基に描かれた。原画とともに、同県宮若市に立つ「炭鉱犠牲者 復権の塔」(82年完成)の建設資金集めを目的に描いたとする作兵衛の手記も見つかった。管理する飯塚市の服部信和さん(68)が同県田川市美術館に寄託することになり先月29日、著作権管理者の作兵衛の親族も同意した。

 塔の建設は、元炭鉱労働者で牧師でもあった服部さんの父団次郎氏(故人)を中心に提唱され、70年に建設協力会が立ち上がった。協力会が法務局で調べた筑豊の炭鉱事故での死者は、1894~1972年に242鉱で計1万1604人。地中に眠ったままの労働者も多数いるとみられる。

 紙芝居は資金を募るため、団次郎氏が王塚の小説を30分ほどの話に要約。作兵衛に20枚の絵を描くよう依頼した。70年代、服部氏の兄清志氏(故人)が中心になり、炭鉱の集落や失業対策事務所に通う人たちに披露された。清志氏と一緒に活動した大西広幸さん(70)=同県川崎町=によると、延べ約1万人から数百万円が寄せられたという。

 作兵衛の記録画は、明治中期から第2次大戦にかけての炭鉱を描いたものが多い。紙芝居には、赤旗を手にした炭鉱マンたちの労働争議や、60年の豊州炭鉱水没事故(川崎町)といった戦後の情景もある。

 田川市美術館の文川和副館長は「絵の状態はよく、遺産の追加登録申請ができるならそれに値する作品だ」と評する。服部さんは「作兵衛さんと父の思いを受け止め、有意義に活用してほしい」と話している。 (大塚壮)

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