ヒラメが泳ぐ裁きの海 久保田正広

西日本新聞 オピニオン面 久保田 正広

 「ヒラメ裁判官」という造語がある。

 魚のヒラメは目が上ばかり見ている。そこから最高裁や裁判長など上の顔色ばかりうかがう裁判官を意味する。

 この言葉を2004年、当時の最高裁長官が新任判事補への訓示で使っている。むろん「ヒラメ裁判官など全く歓迎していない」との趣旨。ただこの言葉、当の長官を批判する際によく用いられていたため、法曹関係でちょっとした話題になったと伝わる。

 「本当は『ヒラメ裁判官以外はいらない』と言うつもりであったのかも~」と著書で断じているのが、元裁判官で民事訴訟法研究者の瀬木比呂志氏。最高裁が人事を通じ、全ての裁判官の判断まで事実上統制しようとする現状に、厳しい批判を続けている。

 ヒラメ裁判官が特に上を向くのが、憲法判断など国の統治の根幹に関わるものや原発関連だ。政府や国策との衝突を避けたい最高裁の意を体したような司法判断が目立つ。

 それでも瀬木氏によれば、少数派にはなったが、いい裁判をしようと励んでいる良心的裁判官は今も存在する。

 14年に福井地裁裁判長として関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止め判決を出した樋口英明氏も、その一人。「原発停止で多額の貿易赤字が出ても~豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富」という名文句を書いた人だ。

 その樋口氏の話を聞く機会が昨年あった。「原発訴訟は理性と良識があれば判断できる」との言葉が印象に残る。専門性が高いため裁判所は安全について直接判断せず、手続きに欠落はないかを審査すべしという、最高裁判例の枠組みを飛び越えてみせた。

 樋口氏は福井地裁から名古屋家裁に転出し、定年を迎えた。地裁の裁判長が家裁勤務となることを「家裁送り」と呼び、一種の左遷とみる向きがある。樋口氏は会場の質問に「判決に圧力はなかった。左遷のうわさはあったが、異動先は想定内」と答えた。

 裁判官のべ100人(元職を含む)を取材したというジャーナリスト岩瀬達哉氏の近著「裁判官も人である」に樋口氏の件も出てくる。ある裁判官のつぶやきが重たい。

 要約すると「良心に従って原発を止められるのは裁判官を辞めると決めた時。そうでないと裁判所での居場所をなくしてしまう」のだという。

 憲法で身分を保障された裁判官が公正に判断するはずの「裁きの庭」が、ヒラメにならないと生きていけない「裁きの海」になっているとしたら、この国の三権分立は危うい。 (論説副委員長)

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