「みんな祈ってくれとるよ」 九州豪雨3年、朝倉市や東峰村で追悼行事

 2017年に福岡県朝倉市や東峰村に甚大な被害を与えた九州豪雨から5日で3年。住民たちは生活が一変した「あの日」を思い出しながら犠牲者を悼むとともに、まだ道半ばの古里復興へ前を向いた。

 「あんたの為に、みんなが祈ってくれとるよ」。線路が寸断されたままの当時の傷痕を残すJR日田彦山線・筑前岩屋駅前であった東峰村主催の追悼式。午前10時、深緑の山々に響き渡る追悼サイレンを聞きながら、妻のみな子さん=当時(66)=を亡くした熊谷武夫さん(75)は心の中でつぶやいた。

 3年前、村内にある職場のキャンプ場から車で慌てて向かった自宅。「もう避難したかな。まだ家におるんかな」。激しい雨がフロントガラスを打ち付け、道路に散乱していた石や倒木に胸騒ぎがした。やっとの思いでたどり着いた時には自宅はなくなっていた。「まるで写真みたいにその時のことだけ思い出す。何度も、何度も」

 武夫さんは今もキャンプ場に勤める。「動いている方が気が紛れるし、ぼけ防止になる」と冗談で周りを笑わせる。それでもふと、「キャンプ場も不思議と無事で足の悪い自分を守ってくれたのかな…」。妻の笑顔を思い出し目を伏せた。

 村のケーブルテレビ「東峰テレビ」の追悼番組に生出演した小石原焼窯元「原彦窯」の梶原大祐さん(39)は「周りの人が支援してくれなければ立ち直れなかった」と振り返る。当時、土砂で埋まった作業場は完全復旧し、今は壁に土砂の跡が少し残る程度だ。「次は自分たちが人を応援できる存在でありたい」と力を込めた。

   ◇    ◇

 朝倉市松末地区の石詰集落。同集落に住んでいた父の輝雄さん=当時(89)=と母のマサ子さん=同(82)=を亡くした井上洋一さん(60)は住民らとともに犠牲者へ黙とうをささげた。「毎日家の仏さんに朝は今日も見守っててね、夜は今日も一日無事に終わったよ、と伝えるんです」

 井上さんは黙とう後、両親の家があった場所に向かい、花とお酒を供え、手を合わせた。「ここに来るとやはり落ち着くし、ありがとう、という気持ちでいっぱいになる。3年は早かったが、絶対に風化させたくない」

 同市黒川の宮崎久遠さん(72)は自宅で3年前のあの日を思い出していた。「大粒の雨が間断なく降り続いていた。今でも少し強い雨が降ると不安になる」。裏山の土砂が押し寄せ、家の中は泥だらけに。しかし2カ月間、毎日20人ほどのボランティアが片付け作業を手伝ってくれた。

 「当時は家のありさまを見て、もうだめだと思った。ボランティアの方には、感謝しかありません」。3年たった今も、当時のボランティアとの交流は続く。「(4日に豪雨に襲われた)熊本や鹿児島は今とても大変だろう。あの時の恩返しがしたい」と話した。 (西村百合恵、松本紗菜子)

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