【コロナ禍とスポーツ界】 鯉川なつえさん

西日本新聞 オピニオン面

◆五輪理念胸に再起動を

 スポーツ界において新型コロナウイルスは、アスリートの活動と夢の舞台を奪い取った憎き敵だ。だが、心では勝利できる。選手たちは、諦めと絶望を突破するために、気持ちに折り合いをつけながら、次の一歩を踏み出している。悔しさをバネに変えることは、言葉ほどたやすくはないが、前を見据え心身を鍛える真のアスリートたちに心からエールを送りたい。

 この数カ月間で取り巻く環境が激変したのは選手だけではない。私のようにスポーツに携わる人々も同じだ。同時に、気づかされたことも多い。そこで、これまでの自粛期間で分かったこと「スポーツ編」を三つ挙げてみたい。

 (1)土日があるって素晴らしい-。同感してくれるスポーツ記者もいるのではないだろうか。スポーツの現場は土日祝日が勝負。多くの試合が開催されるだけでなく、授業がないので学生は思い切り練習に打ち込める。私は指導だけでなく、高校生のリクルート活動も行う。

 つまり、スポーツ界は年間を通して土日の日程はびっしり埋まっているのが普通なのだ。振り替え休日が存在するはずもなく、月曜からは当たり前のように授業や仕事があるので「本当の休み」は皆無。ちなみに全米大学体育協会(NCAA)では休日を確保するため、日曜に試合が入らないよう配慮されているという。私にとって今春の土日の休みは、まるで命の洗濯をしたかのような至福の時間になった。

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 (2)自主練習は効果が高い-。この自粛期間中、私が指導する学生たちは自主的に練習を実施していた。共有アプリで報告してくれた練習結果を見ると、個々の現状を客観的に判断し、それぞれに合ったメニューを自ら考案して実行していた。それは、コーチである第三者が考えるよりもはるかにフィットし、「自分で考える」という作業の中で練習に対する充実感と満足感が自然と増して、効果がより高まっていた。

 コーチは練習をチェックするのが仕事ではあるが、それが過ぎると束縛となり、選手の考える力を弱めてしまうことがある。今回、両者の適当な距離感は主体性を高め、自立したアスリートへの成長につながることを再認識できた。その一方で、再開した練習で体にキレがない選手の姿に「やっと出番だ!」と、うれしさをかみしめているコーチが、私を含めてきっと多くいるであろうことも付け加えておきたい。

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 (3)スポーツは優先順位が低い-。「東京五輪」を旗印に近年では、スポーツ界のみならず日本中が一致団結し、スポーツの価値が高まっていたように感じていた。ところが、コロナ禍によって他の余暇活動と同様に自粛され、緊急事態宣言の解除後も、施設利用、活動の人数や時間に制限がかかったままのところも多い。運動会や体育祭が中止となり、体育の授業時間が削られている学校もある。

 感染防止優先とはいえ、五輪に向けて熱を帯びてきたスポーツの機運が、後退するのではないかと危ぶんでいる。また、柔軟性に乏しく、連帯責任主義が先行する旧来の日本的スポーツ文化思想の根強さが、見え隠れしているようにも感じる。

 近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタンが掲げた「スポーツを通じて個人が成長し、平和な国際社会の実現に寄与する」との理念(オリンピズム)は、政治、経済、教育そして国際社会がスポーツでつながることで実現に進む。日本は五輪延期となったピンチを、疫病や災害にも屈しない底力を磨き、真のスポーツの炎を燃やすチャンスにしなければならない。

 【略歴】1972年、福岡市生まれ。筑紫女学園高-順天堂大卒。陸上の長距離選手として活躍。2001年、同大陸上部女子監督。同大スポーツ健康科学部准教授を経て19年から現職。14年から同大女性スポーツ研究センター副センター長。

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