「なんもかんもやられた」防災長ため息 球磨村、明治の鉄橋も崩壊

西日本新聞 熊本版 古川 努

 球磨川が氾濫し、何人もの住人が屋根の上に避難して救助された熊本県球磨村渡地区では、高さ5メートルほどの信号機まで濁流に漬かり、多くの建物が押し流された。集落の「防災長」を務めるという高齢男性は「なんもかんも、やられてしもうた」。古里の変わり果てた姿に深いため息をついた。

 小雨が降り続く5日朝、1人の男性がJR肥薩線の線路上を歩いていた。名前を尋ねても素っ気ない。「名前は、よかたい。鉄橋ば見に来たと」。「防災長」の役目として被害状況を確認しているのだという。

 男性は枕木を足場にして歩き進めた。土台部分をえぐり取られ、レールは浮いた状態だ。球磨川沿いまで来ると、ぐにゃりと曲がったレールは下流側にずれ、そのまま茶色い川の中に沈んでいた。

 重厚な石造りの橋脚は濁流に耐え、残っていた。「石工が明治時代に造ったとですよ。SL人吉も走る」と男性は胸を張る。だが、橋脚の上にあったはずの赤茶色の鉄橋「第二球磨川橋梁(きょうりょう)」は、ごく一部しか残っていなかった。

 川沿いの堤防を上流に向かうと、対岸に渡る橋もなくなっていた。たもとには「さがらばし」とある。巨大な赤い鉄骨は、元々の角度とは90度違う方向を向き、堤防に寄りかかって倒れていた。

 崩壊を目撃したという男性の知人の話では、鉄橋は3日午前7時すぎ、「さがらばし」は午前8時すぎに流され、どちらも無数の流木が引っかかっていたという。

 青い塗装の航空自衛隊のヘリコプターが小学校の運動場を飛び立つ音が聞こえた。目を向けると、手前の2階建ての屋根瓦がはがれたり、ずれ落ちたりしていた。「あの高さまで濁流が来た」と男性。気をつけて見回すと、どの民家の屋根瓦も、ある高さで地面と水平方向にずれたり、はがれ落ちたりしていた。地点ごとの浸水深を示す「証拠」とも言える。堤防の斜面を降りていると、背の高い草がすべて同じ方向に押し倒されていた。越流の痕跡だ。金属製の柱も根元から同じ方向に折れ曲がっていた。建物はコンクリートの基礎を残して流されていた。

 知人宅も、商店も、球磨川下りの拠点施設も流されていた。「元通りになるまで何年かかるとでしょうか」。男性の問わず語りに、返す言葉が見つからなかった。 (古川努)

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