「無事で良かった」抱き合って涙 熊本・球磨村の保育園、3昼夜支え合い

 「こうのせほいくえん 120メイヒナン」

 運動場に大きく描かれた“SOS”が、ヘリコプターからの映像として報じられた熊本県球磨村神瀬の保育園。濁流から逃れた集落の住民たちは、3昼夜を孤立状態で過ごした。自衛隊が細い道を開き、集落は少しずつ外部とつながりつつある。

 「メッセージはSOSの意味ではなく、みんな無事だと伝えたかったんです」

 集落の30世帯72人が避難する神瀬保育園の職員岩崎ちふみさん(43)は笑顔を見せた。園には食料の備蓄があり、元々地域の「第2避難所」だった。被災した4日から献立表を作り、全員に3食が行き渡るように工夫してきた。メッセージの人数が50人多いのは「近くの寺に避難する人の分も伝えたかった」という。

 園のプールに雨水をためて体を洗った。遊具もあり、園児から中学生まで12人いる子どもたちも元気に過ごした。自衛隊の物資が届くようになり、子どもたちは駆け回った。

 全員が顔見知りの避難所は、保育園職員らを中心に家族的な雰囲気で運営されていた。ただ、4日未明、住民の多くは命がけの脱出を体験した。

 避難者の多武克己さん(65)は「寝ていて気づいたら、体が水に浮いていた」という。浸水した部屋の暗闇でパニックになりながら、逃げようともがいた。窓ガラスをたたく音がした。消防団に助けられた。

 球磨川沿いの集落は水没し、30段ほどの石段を上った高台にある保育園に逃げた。高齢者や子どもは、園の樹脂製プールをボート代わりにして運ばれた。道路は土砂や流木に埋まり、消えた。

 神瀬では連絡がつかない人もいるという。離れて住む家族の死を知った住民もいた。

 自衛隊が入り、集落の外から道も開いた。断続的に激しい雨が降った7日、泥道を徒歩でたどり、岩崎さんの義姉が訪ねてきた。「無事で良かった」。姉妹は抱き合って涙を流した。

 この道から、大規模な避難所に移る話も出ているという。ただ、岩崎さんは「これまで、みんなで支え合ってきた。みんな神瀬に残りたいと思っているんです」と代弁する。だから「これからのことも、みんなで考えていかんとですね」。

(久知邦)

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