空襲被害論じぬ国会 水江浩文

西日本新聞 オピニオン面 水江 浩文

 「民間被害者がなぜ放置され続けるのか。どうしても納得できない。(犠牲者は)B29が落とした焼夷(しょうい)弾だけでなく、国策を誤った日本政府にも殺されたと思っている」

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 通常国会が閉会した6月17日、太平洋戦争中の空襲被害者らでつくる「全国空襲被害者連絡協議会(空襲連)」が東京都内で記者会見した。

 旧軍人・軍属には恩給や年金が支払われているのに対し、民間人は「国との雇用関係がない」などとして補償や援護の対象とされていない。

 同会は空襲で被害に遭った民間人に対する国の謝罪と補償を求めているが、年を追うごとに被害者は亡くなり、高齢化していく。救済法の早期制定を訴えているが、それは時間との闘いでもある。この通常国会での成立に強く期待していたが、またしても願いはかなわなかった。

 冒頭に引用したのは、3歳の時に東京大空襲(1945年3月10日)で両親と妹を亡くして孤児となった吉田由美子さん(茨城県鹿嶋市)の会見での発言である。怒りと無念さが胸を打つ。

 国会が全く動かなかったわけではない。70年代から80年代にかけて当時の野党は計14回も民間の空襲被害などの救済を目指す「戦時災害援護法案」を国会に提出したが、ことごとく廃案になった。

 被害者は法廷闘争に立ち上がる。名古屋、東京、大阪など全国各地の空襲被害者が国家賠償を求めて提訴したが、2014年までに最高裁で全て敗訴が確定した。

 国家の非常事態である戦争では国民みんなが何らかの被害に遭ったのだから、空襲の被害も我慢しなければならない-。「戦争被害受忍論」と呼ばれる。補償を拒む政府にとっては後ろ盾となる司法判断だった。

 空襲連は国賠訴訟の原告らが10年に結成した。超党派の国会議員連盟は空襲で障害やケロイドが残った生存者に50万円の一時金を支給する法案要綱をまとめている。空襲被害の実態調査や追悼施設の設置なども求めているが、被害者の筆舌に尽くしがたい惨禍と苦難の歴史に照らせば「控えめな要求」とも感じる。

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 新型コロナウイルスへの対応に追われ、国会が多忙だったことは理解する。しかし、これは「手が回らなかった」で済まされる問題だろうか。

 振り返れば戦後75年という節目の通常国会でもあった。論じるべき課題、解決すべき問題は山積していた。少なくとも会期を延長せず早々に閉じる国会ではなかったと改めて思う。 (論説副委員長)

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