段ボールベッド、避難住民すぐ使えず 提供協定あっても課題多く

西日本新聞 くらし面 長谷川 彰

避難所への段ボールベッド導入(上)

 災害時に、避難所の生活環境改善に役立つ簡易ベッドの導入。特に東日本大震災を機に考案された段ボール製のベッドに関しては、全国的に自治体と業界が提供協定を結んだり、国がプッシュ型の支援物資に加えたりするなど普及が進んでいる。今回の熊本豪雨でも政府は備蓄していた分を発送した。ただ、実際に避難住民が利用できるようになる段階までには課題が多いという。

 2018年9月6日の午前3時すぎ、北海道で胆振東部地震が発生した。震度7の揺れで被害が続出、多数の長期避難者が出る恐れがあったため、道庁は即座に段ボールベッドの導入に動いたという。

 国も全避難者に行き渡るよう、1400床分をプッシュ型で手配する方針だった。ただ、道全域が大規模停電(ブラックアウト)となり、段ボール工場は稼働不能に。本州からの融通は難しかった。

 白羽の矢がたったのが、日本赤十字北海道看護大(北見市)の備蓄品。根本昌宏教授(寒冷地防災学)らが有用性に着目し、研究用に450床分を蓄えていたのだ。道と国の協議で翌7日、とりあえず400床分を被災地の厚真町に送り込むことになった。

 8日、トラック協会から10トントラック2台が派遣されたが、積み込みに一苦労。学生と北見青年会議所の有志ら30人で3時間もかかった。さらに4時間半かけて約300キロの距離を搬送。根本教授も車で同行し、着いたのは深夜、9日午前0時ごろだった。

 搬入は、大型スポーツ施設が支援物資の受け入れ拠点として準備されていて事なきを得たが、荷下ろしの人手確保の問題に突き当たる。折衝の末、災害派遣されていた自衛隊に、他に代わるマンパワーはないという判断で、生活支援の一環として引き受けてもらうことになった。自衛隊には避難所への搬出にも協力してもらったという。

 町内2カ所の大型避難所で段ボールベッドの設営が始まったのは10日午前。地震発生から5日目だった。

    ◆   ◆

 それから、ほぼ1年後の昨年夏。段ボールベッドの導入を巡り、佐賀県で似たような状況が生じた。

 19年8月27日以降、秋雨前線の活発化で九州北部は豪雨に襲われた。佐賀市の市街地が至る所で冠水し、武雄市で車が流され男性が死亡、大町町では病院が周囲の冠水で孤立状態になるなどした。

 佐賀県への段ボールベッド供給を巡り、国と連絡を取り合っていた南日本段ボール工業組合(福岡市)の宮田信治事務局長に、国から正式な要請が電話で伝えられたのは、29日正午ごろ。当初の対象地は佐賀市や小城市など。午後になって武雄市にも、夜に入ると大町町にも、と矢継ぎ早の要請が続いた。

 同組合と佐賀県は13年、国内で最初に供給協定を結んでいたが、原則は県側が要請して動きだす決まり。国から「県と役割分担をしている」と説明され、組合は以後、国と協議しながら具体策を考案、実行していくことになる。

 まず翌30日にかけて、組合に加盟する事業所の中から、被災地の近くで段ボールベッドを製作できる工場を探す。工場自体が大雨の影響を受けていないか、31日は土曜日だったため通常は休業であっても稼働してもらえるか、手探りで調整作業を進めていく。

 福岡県の業者に依頼する選択肢もあったが、仮に現地搬入まで請け負ってもらうことになれば、土地勘がないと混乱をきたす恐れもある。ましてや冠水の影響で交通規制が敷かれ、路上に放置された車が残っているような状況。大きなトラックは使えない。

 最終的に、支援先を武雄市と大町町の避難所計13カ所に絞り込み、500床分を送ることになった。引き受けたのは、両市町に隣接する多久市の事業所。トラック協会とこの業者が自前で手配した4トントラック3台で、31日の午前中には搬送を終えたという。宮田事務局長は「事前の供給協定はあっても、状況が時々刻々変わっていき、その場で何とか臨機応変に対処したというのが現実」と話す。

 避難所に届けるだけでも、現場の混乱を踏まえた模索が必要な実態が浮かんでくる。さらに根本教授は「避難所内での設営作業にも、押さえておくべき要点がある」と指摘する。熊本豪雨の被災地での状況も踏まえ、次回(22日付)報告する。 (特別編集委員・長谷川彰)

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