「自粛」を後ろ向きに捉えない 気鋭の劇作家、創作への意欲

西日本新聞 文化面 小川 祥平

コロナ禍を生きる

 新型コロナの感染拡大に伴う緊急事態宣言は解除されたとはいえ、まだ日本と海外との往来は以前のように戻っていない。だが、海外でも評価が高く、国内外で精力的に活動してきた気鋭の劇作家、演出家は、そのような状況下でも拍子抜けするほど「新しい生活」に馴染(なじ)んでいた。「この3カ月間ずっと家にいました」。劇団「チェルフィッチュ」主宰の岡田利規(おかだとしき)さん(46)は熊本市の自宅から、訥々(とつとつ)とそう語る。

 演劇の仕事には影響が出た。6月のKAAT神奈川芸術劇場での新作公演は延期。直後のヨーロッパツアー、帰国後の国内ツアーも無くなった。ただ、15年近くずっと移動しながら仕事をしてきた岡田さんは、この「自粛」を後ろ向きに捉えない。6月下旬、ビデオ会議アプリ「Zoom」を利用した取材に対し、画面の向こう側からこう語りかける。

 「次々にプロジェクトをこなしていた面もあった。スローダウンできたし、すごく本を読めた」

 自宅から「リモート稽古」も行った。参加者が同じ大きさで画面に表示されるリモート稽古は「すごくフラットでデモクラティック」と肯定的だ。体と体、言葉と言葉をじかに突き合わせるのが演劇の本質のはず。といって「それができないのをことさら強調して『さみしい』と言いたい気持ちはない」と表現する。

 岡田さんは、実は近年、コロナ禍の時代を予言していたかのような作品を送り出していた。

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 ユーチューブの画面が9分割され、それぞれの枠には観(み)る側を意識していないかのような日常が映る。岡田さんが5月からネット配信する作品「消しゴム畑」だ。本で遊ぶ演者、ぼーっとする演者、枠から消える演者。人間でなく冷蔵庫が映る枠もあり、時間が淡々と過ぎていく。コンセプトは「人間中心的な思考回路とは別のものを紛れ込ませる」。19年の劇場版「消しゴム山」、翌年の美術館版「消しゴム森」に続くシリーズは、人とモノを同列に扱い、劇場の観客だけに向けてつくられていない。

 きっかけは3年ほど前、岩手県陸前高田市で見た巨大な防潮堤だった。

 「わー何だこれは」。思わず口を衝(つ)いた。工事のスケールと、その根本にある考え方の小ささのアンバランスさに呆然(ぼうぜん)とした。

 「復興工事のコンセプトがすごく人間中心主義と思った。世界が人間のためにあるという風に物事を考える。ぼくは演劇からとっかかり、そうではない方にいきたい」

 人間も自然の一部である。そんな自明でありながら、意識下に葬られていたことがコロナ禍で顕在化した。ウイルスとも戦うのではなく、共生する必要性に社会が気づき始めた。

 「消しゴムシリーズが今の状況の中に重なり合う部分があるといえば、そうなんです」

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 舞台芸術が大打撃を受ける中、窮状を訴えた平田オリザさんの発言がネット上で炎上した。他業種を引き合いに出したことが油を注いだ面はある。ただ舞台芸術への理解が欧州などに比べて進んでいない現状を露呈させたことも確かだ。

 4年前からドイツの劇場「ミュンヘン・カンマーシュピーレ」で創作する岡田さんは「直後の保障の充実は知られているけど、その後の対応も素早かった」とドイツの状況を明かす。過去に上演した作品のオンライン配信、屋外での新しい取り組みがあった。既に上演を再開した劇場もある。

 日本とドイツの違いを「社会のコンセンサスの有無」とみる。「ドイツの社会、政治に関わる人たちは文化に対する理解と教養を持っている。でも日本では同じことにならない。社会のコンセンサスがないから」

 とはいえドイツでも観客の入れ方、役者の演じ方には細かい決まりがある。演劇のあり方は今後変わるだろう。それでも「一般的な物差しで演劇かどうかはどうでも良くなってきた。演劇に枷(かせ)をはめられたとしても新しい何かを見つけることはできる」と断言する。

 岡田さんは常に「演劇」を疑ってきた。岸田国士戯曲賞受賞作「三月の5日間」(04年)では、俳優が登場人物を演じるのではなく、役柄から聞いた話を代弁するスタイルをとった。くねくねした身体表現、だらだら続くせりふなど従来の「演劇」から逸脱した表現で注目された。近年取り組む役者の演技を録画して等身大に映しだす「映像演劇」もそう。演劇の境界を拡張し、広がった枠に観客を放り込んで現実と交差させてきた。

 時代とともに常に演劇を刷新したきた彼は、コロナ禍を機に、分断や反グローバル化が加速するとみる。

 「大きな世界の変化だし、今後の創作の大きなインスピレーションになる」

 震災、コロナ禍と虚構を超える現実が次々と襲いかかる中、それをむしろ発想の源泉として取り込む希代の表現者は、既存の「演劇」を常に問い直しながら、これからも新しいフィクションをつくっていく。 (小川祥平)

 ◇岡田さんのコンテンポラリー能楽集「未練の幽霊と怪物 挫波(ざは)/敦賀」が8月に刊行予定。建築家ザハ・ハディドをシテにするなど能に触発された新作を収録する。白水社刊。2640円。

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