鹿島大水害経験者「早い避難を」 58年前の恐怖思い起こす

西日本新聞 佐賀版 河野 潤一郎

 佐賀県鹿島市で「7・8水害」と呼ばれる1962年の大水害は、7月7日夜から同8日朝にかけての豪雨で市中心部など広範囲が水没、市民5人が犠牲になり地域に甚大な被害をもたらした。その58年前の大水害と同時期に発生した今回の大雨被害を重ね合わせ、両方を経験した市民は早めの備えの重要さを訴える。

 「川は近年にない水かさで、満潮時と重なれば7・8水害のようになっていたかもしれない」。大雨特別警報が発令され、鹿島市の浜川が氾濫した6日夕、川沿いに住む中村雄一郎さん(71)=同市浜町=は下流の水位があと1メートルほどで越水するのを目撃、大水害時の記憶が呼び覚まされた。

 大水害当時は中学2年で、今と同じ場所の自宅は床上浸水した。1階で呉服店を営んでいた両親と商品を2階に移す作業中に徐々に水かさが増し、危険を感じて家族4人で2階に「垂直避難」した。窓から浜川を見ると、堤防からあふれ出た水が市中に流れ込む光景に衝撃を受けた。「周りに逃げ場がなかった人は怖かったと思う」。早めの避難が大事だと認識した。

 大水害を契機に行政は河川の拡幅や排水ポンプ場の設置、ダム建設へとつなげた。中村さんは当時撮影された浜町の道路が川のようになった写真を手に「浜川は拡幅工事で2倍に広がったというが、それでも今回は一部氾濫し、下流域もあふれそうになった。早い避難が肝要だ」と警戒する。

 住民が早めの避難を心掛けたことは数字にも表れている。今回の大雨での避難者は6日午後9時に756人。市は「この数十年では最多。直前に熊本豪雨が起き危機意識が高かったのでは」とみる。

 大水害からの復興を目指して始まったのが鹿島の夏の風物詩「鹿島おどり」。今年は新型コロナウイルス感染拡大を受け来年に延期したが、中村さんは実行委員長を務める。「商店街や農漁業など今回の大雨で被害に遭った人たちの復興の願いも込め、来年は盛大な祭りにしたい」 (河野潤一郎)

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