「覚悟分かって」集落に別れ “密”避け…苦渋の避難 球磨村

 九州各地に甚大な被害をもたらした豪雨は8日になってようやく上がった。4日の豪雨で孤立していた熊本県の球磨川沿いの住民は、後ろ髪を引かれる思いでふるさとの集落に別れを告げ避難所へ。9日以降も雨が予想される中、訪れたつかの間の晴天。被災者たちは泥だらけの家屋やがれきの後片付けを急いだ。

 記録的な豪雨被害に見舞われた熊本県南部、球磨川沿いの被災地では8日、集落単位で身を寄せ合っていた被災者たちが現地を離れ、遠くの避難所に相次ぎ移動した。保育園の運動場から「SOS」を発信した球磨村神瀬(こうのせ)地区では、住民の多くが迎えの自衛隊車両に乗り込んだ。助かったことへの安堵(あんど)と、同郷の仲間と離れ離れになる寂しさ。複雑な思いを胸に、山あいの郷里を後にした。

 神瀬地区の高台にある乗光寺。豪雨に襲われた4日未明から、住民たちが相次ぎ本堂へ避難してきた。集まったのは約40人。自宅から米や漬物を持ち寄り、山水を飲んでしのいだ。そのうち自衛隊の物資が届くようになり、集落は少しずつ外部とつながっていた。

 「翌朝、マイクロバスで移動できる」。役場職員から連絡が入ったのは7日夜だった。希望の避難所に移れると聞き、住民たちは胸をなで下ろした。住職は無事を祈ってお経を唱え、区長は団結して4日間を乗り切った感謝を口にした。

 翌8日朝、再び訪れた職員の説明に、住民たちは動揺した。「新型コロナウイルスの関係で『密』を避けるよう指示が出た。知らない土地で不安もあるかもしれないけど、遠くの避難所に行ってほしい」

 耳を傾けた人々はしばらく押し黙った後、職員に次々と質問した。「ここに帰ってこられるのか」「誰がどこに避難したか分かるのか」。ひとたび離れれば、コミュニティーの再生は難しいかもしれない。避難先での生活への不安が一気に噴き出した。

 説明を聞いていた高齢女性がこう口を開いた。「私たちは1年、2年はここに帰らないつもりで出て行く。覚悟を分かってほしい」。安全が最優先。多くの住民がうなずき、苦渋の決断に至った。

 雨はやみ、晴れ間も見えた神瀬地区のグラウンド。8日昼すぎ、両手いっぱいに荷物を抱えた住民が集まった。子どもたちはブランコで遊び、迎えを待った。「もう最後。本当はやっちゃだめって言われているけど、今日は立ち乗りをするよ」。高台から、じっと集落を見つめる男性もいた。

 自衛隊の車両が到着すると、第1陣の約10人が乗り込んだ。「体に気をつけてね」「バイバイ」。別れの言葉を掛け合い、手を振った。県内にある親戚の家に避難したり、遠くの体育館に行ったり。避難先はさまざまだが、再びいつ神瀬地区に戻れるかは分からない。

 「また会おうって、さっきも言ったけど…」。知人を見送った日当照代さん(74)が寂しそうに語った。壊滅的な被害によって、変わり果てた集落の姿。ともに暮らした日々を取り戻せるのかは、分からない。

 寺で過ごした約40人のうち、集落に残るのは3人。そのうちの一人、区長で日当さんの夫国弘さん(80)は「何かできたら、という思いも込めてここに残る」と力を込める。過疎化、高齢化が進み、維持が難しくなっていた山里の集落を襲った豪雨。「神瀬地区は消えてしまうかもしれない。せめて皆がどこに行ったか、私がちゃんとまとめたい」。生まれ育った集落への愛情をにじませた。 (長田健吾、綾部庸介、白波宏野、玉置采也加)

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