これほど深い読後感を覚えた小説は何年ぶりだろう…

西日本新聞 オピニオン面

 これほど深い読後感を覚えた小説は何年ぶりだろう。数日たっても胸の奥がうずく。全米で500万部を突破したベストセラー「ザリガニの鳴くところ」(早川書房)を読んだ

▼舞台は1952~70年の米国南部。7歳で親に去られ独りぼっちになった少女カイアが村人に「湿地の少女」とあざけられつつ、たった一人の友の助けで文字を覚えて生き抜く物語である

▼だが単なる少女の成長譚(たん)ではない。殺人事件の真相を追うミステリーであり、生命の宝庫の湿地を紹介する自然文学でもある。筆者は動物学者で作家の女性ディーリア・オーエンズさん。69歳にして初の小説というから驚きだ

▼カイアが同じ白人から「トラッシュ」とさげすまれる描写が心に刺さった。心優しい翻訳者は「貧乏人」としたが、トラッシュはくずやがらくたのこと。そんなカイアの生計を助けた黒人男性も白人の子から石を投げられ無言で耐える

▼白人貧困層の復権を唱えたトランプ氏が率いる米国。白人警官による黒人男性暴行死事件を機に人種差別への抗議が続く。偏見の根深さは半世紀前と変わらぬよう映るが、こうした内容の本が500万部も売れた、この国の民度を信じてみたくもなる

▼ザリガニの鳴くところとは、茂みの奥深く生き物たちが自然のままの姿で生きる場所の比喩という。全ての人種が自然のままの姿で普通に生きられる世界を。そう願わずにいられない。

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