辺境の診療所から(11) 一体感強い日本人、信頼得られぬ自己中心【中村哲医師寄稿】

<1993年4~5月に本紙朝刊に掲載された中村哲医師の寄稿連載「辺境の診療所から アフガン難民との10年」(全17回)>

 ペシャワールから見ていて、どうしても不可解なものが日本人の同族意識である。こう言えば、大方の人は「人によって違うのではないか」と首をひねるだろう。だが、少なくとも当地で見る限り、日本列島の住民は一種独特の一体感があるのは事実である。

異様なマスコミ取材

 一九九一年湾岸戦争が中東世界を騒がす中、早稲田大学の学生の誘拐事件のときもそうで、こちらは何で続々とマスコミが押しかけて取材するのか、現地スタッフと共に不思議に思ったものである。この学生たちは、「インダス河をカヌーで下る計画」を立て、イスラマバードの池で即席の練習を行い、北西辺境州のアトックから河に入り、カラチも近くなったシンド州の或る場所で休むところを、突然拉致された。

 彼らが捕らえられた場所は、パキスタン全国に知れ渡る盗賊の巣窟。事前に綿密な調査もなく、即席のトレーニングで事を図るとは、お粗末の一語につきる。金を用意して電話一本かけさえすれば、カタログ通りの望みのものが手に入るという、気軽な風俗に慣れた者の失態である。

漫画的な過保護

 それはさておき、軽々しいのは何も日本人だけではなく、欧米人にもいる。私の住まいの近くのカイバル峠でも、無謀な旅行者がガイドブックを頼りに「手軽な冒険」を楽しもうとして誘拐され、殺傷ざたに及ぶことは希ではない。奇異に思ったのは同国人の反応である。これがもし英国人であれば、大使館はせいぜい死亡確認か多少の便宜を与えるのみで、「本人がしでかした事だから本人の責任」で事もなくおしまいである。まして、国を挙げて騒ぐことはあり得ない。

 当時パキスタン政府自身がこの盗賊団に手を焼いており、一挙に陸軍を繰り出して殲滅するという強硬意見もあったらしい。ところが悪いことに、捕まえられたのが最大のODA(政府間援助)供与国の日本国民、おまけに大使館の注文で事実上の外交問題になってしまったから始末が悪い。大使館とて「邦人保護」は義務であるから、マスコミに叩かれまいと一生懸命「救援」に努力する。マスコミはマスコミで「国民の関心事」を記事にせぬ訳にはいかぬから、われもわれもと押しかける。大使館員も新聞記者も、大方良識のある者はバカバカしいと内心は思っているのだが、ここに漫画的な過保護社会の実態が世界にさらされる。私は戦後生まれだが、かつて「国辱」とはこんなことを言ったのだろうか。地元の人々に対して赤面の至りであった。

 結局、学生たちは「身代金なしで釈放」に至り、パキスタン政府の面目を実質上潰し、日本の恥をふりまいて、意気揚々と帰国した。(たまたま私は一時帰国の折、彼らと同じ飛行機に乗りあわせた。空港での賑々しい記者会見で英雄気取りの態度に、軽蔑の思いで唾の一つでもかけたくなったものである)

無邪気な迷惑国…

 かくて、「人命は地球よりも重い」とは、日本人の命のことで、その後犠牲になるであろう、数知れぬ現地の人命は「羽毛のごとく軽い」という哀しい現実に遭遇する。一億挙げて貴族化した無邪気な迷惑国「JAPAN」では、発展途上国の民衆は常に舞台の背景で、日本人が主役であるという希代な無遠慮がまかり通る。

 これは「早稲田の学生」だけでなく、国際協力と称するNGO(非政府団体)でも、地方自治体で流行する国際イベントでも、「国際」と呼ぶものは大抵そうなのである。現地の立場に立つとどう見えるかという視点がない。自分たちだけが盛り上がり、スポットは日本人にだけ当てられる。だが、事が事、インディアンをばったばったとなぎ倒し、喝采を浴びる白人のヒーロー、三流西部劇の主人公では収まらぬ。「国際理解」でも、この三流西部劇を改めぬかぎり、地元の信頼を得ることは永遠に不可能であろう。

(JAMS顧問医師、ペシャワール在住)

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