毒舌ママの「安保バー」50年の歴史に幕 九大生、文化人ら夜ごと議論 24日閉店へ

西日本新聞

 「70年安保」の年に開店し、「安保バー」の異名を取った福岡市中央区六本松の「マッドハウスひろ」が7月下旬、閉店する。全国で学園紛争の嵐が巻き起こる中、「ひろ」にも夜ごと血気盛んな学生たちがたむろ。店内はいつも議論と熱気に満ちていた。今年はくしくも改定日米安全保障条約の発効から60年。毒舌と人情が売りのママがカウンター越しに時代を見つめてきた名物店が、半世紀の歴史に幕を下ろす。

 「あっという間の50年。政治や経済、芸術を語り合っていたかと思えば下ネタで大盛り上がり。刺激的だったわ」

 九州大の旧六本松キャンパスそばに構えたカウンター10席ほどの小さな店での半世紀を、ママの田和玲子さんは振り返る。田和さんのあだ名は「六本松の魔女」。ハスキーな声や、年齢について「永遠の36歳」(田和さん)とかたくなに明かさず不詳なことなどが相まって、そう呼ばれるようになった。

田和玲子さん

 東京育ちの田和さんが、夫・大志さんの転勤に合わせて福岡にやってきたのは1969年。翌70年1月に「ひろ」を開いた。時は70年安保闘争の真っただ中。読書と芸術を好む「魔女」の店は、すぐに学生たちのたまり場となった。日本の将来について夜を徹した議論が行われることもしばしば。武者震いをしながらデモや集会に繰り出す若者を、何度も見送った。

 「ひろ」にはこんな逸話も残る。70年代前半、裸で路上を走って政治主張などを訴えるパフォーマンス「ストリーキング」が、店の前で九大生により行われた。九州では初のこととみられ、警察が駆けつける騒動に。「昔の若者は熱かった。世の中や自分自身のことを真剣に考えて表現していたね」

 時代は流れ、医者や学者、マスコミ関係者などが客層の多くを占めたが、店内の「熱量」は不変。保守と革新、経営者と労働者…。老若男女、考え方や立場の異なる人たちが、酒を酌み交わしながら意見をぶつけ合った。俳優の風間杜夫さんら著名人も多く訪れた。

 店では料理が不得意な田和さんに代わり、客がおのおの酒をついだ。「ママは気に入らないことがあると客をすぐ出入り禁止にした」(常連客)が、ほとぼりが冷めると再び受け入れる懐の深さがあったという。

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