【動画あり】鉄道記者が訪ねる戦争遺構 駅舎に弾痕、九州各地に

西日本新聞

 多くの人命や財産が失われた太平洋戦争。鉄道もまた、軍事輸送の要として敵の攻撃目標になった。九州各地の鉄道施設には、今なお当時を物語る遺構や碑が残っている。終戦から75年を迎えるのを前に、戦禍の「傷痕」を巡る旅に出かけた。

 最初に向かったのは、福岡県筑紫野市。福岡市・天神の西鉄福岡(天神)駅で、午前9時8分発の天神大牟田線急行に乗車。25分で筑紫駅に着いた。

 駅から徒歩3分ほどの場所にある「ふれあい公園」に、米軍機の機銃掃射を受けた旧駅の待合所が移設されていた。待合所は「筑紫平和祈念館」の中で保存され、通常は外からガラス越しに見学できる。中をのぞき込むと、天井に2カ所、弾痕があった。

 同市教育委員会の案内板によると、銃撃が起きたのは終戦1週間前の1945年8月8日午前11時半ごろ。同駅付近を走っていた上下2本の満員電車が襲われ、「当時の目撃証言では、死者だけでも100~150名以上にのぼった」とあった。

 米軍機が撮影した、銃撃時の写真も添えられていた。当時、周辺は田園地帯だったようだ。安全な逃げ場はない。もし、自分が乗っていたら…。混乱の中、命を落とした乗客たちの無念を思った。

 この日の同時刻ごろ、福岡県内では「八幡大空襲」があり、旧八幡市(現北九州市八幡東区、八幡西区)を中心に焼夷弾攻撃を受けていた。製鉄の街が甚大な被害を受け、同県内最多の約2500人が死傷した。筑紫駅を襲った米軍機とも、関連があるのかもしれない。

 続いて向かったのは、熊本県玉名市たいめい町。西鉄とJR鹿児島線の列車を乗り継ぎ、午前11時37分にJR大野下駅に着いた。同駅も米軍機の機銃掃射を受け、2010年まで使われた旧駅舎には天井に弾痕が残っていたという。

 新しい駅舎では、天井板の一部がショーケースの中に保存されていた。説明によると、銃撃があったのは終戦3日前の1945年8月12日。板には鋭く裂けた弾痕が点々と残っていた。

 当時を知る人はいないか。駅周辺を歩くと、営業中の化粧品店が目に入った。「当時の状況を知っている人はもう亡くなってしまった」と店主の吉永正弘さん(67)。旧駅舎については「解体には反対だった」という。「(銃撃を受けた)天井板だけは何とか残して歴史を伝えたい、というのが地元住民の総意だった」。その結果が、天井板の保存と展示につながったという。

 上りの普通列車に乗り、佐賀県鳥栖市へ向かった。JR鳥栖駅で下車。徒歩10分ほどの公園に「しょうこん碑」が立っていた。45年8月11日の空襲で犠牲になった鉄道職員7人と動員学徒6人の名前が刻まれていた。避難した防空壕に爆弾が直撃し、亡くなったという。鳥栖駅を発着する列車の音を聞きながら手を合わせた。

 悲劇は終戦後も終わらなかった。それを物語る場所が、福岡県添田町にある。久留米駅で久大線の列車に乗り、日田駅で日田彦山線の代行バスに乗り換えた。豪雨被害を受けて不通になった同線の添田-夜明は、バス高速輸送システム(BRT)での復旧を目指す方向になっている。

 山あいの彦山駅に着いたのは午後5時半。日田方面を見ると、500メートルほど先に、山にV字形の切れ込みを入れたような地形が目に入った。ここが悲劇の舞台、二又トンネルの跡だ。

 戦時中、彦山駅から3駅先の宝珠山駅までは未開通だったが、トンネルは既に完成していた。戦争の激化を受け、陸軍は現在の北九州市で保管していた火薬をトンネルに移して貯蔵。戦後、進駐した米軍が焼却処理していた際に山ごと爆発し、周辺住民ら147人が死亡、149人が重軽傷を負ったという。戦後開通した線路は、トンネル跡を通っている。

 彦山駅から徒歩15分ほどの場所に、この惨事にちなんだ踏切があった。その名も「爆発踏切」。警報器も遮断機もない簡素な構造だが、看板にはしっかりとその名前が記されていた。

 「最近、遠くの人が、よく写真を撮りに来ているよ」。偶然、通りかかった男性に声を掛けられた。「うちだけで3人死んだ。戦争が終わって良かったと思っていたんだろうけど…」。

 男性は、近くに住む藤嵜昭男さん(65)。犠牲になったのは祖父母と叔父という。昨年亡くなった父親は溝に飛び込んで助かったものの、土砂やがれきに埋まった、という。「父は、多くは語らなかったね」と藤嵜さん。

 藤嵜さんから「近くに爆風で倒れたままの柿の木がある」と聞き、案内してもらった。柿の木は確かにトンネルとは反対方向に倒れ、幹の途中から枝が上へ伸びていた。爆風のすさまじさを如実に物語っていた。

 爆発踏切には錆びついた線路が残っていた。BRTになったら、どうなるのだろうか。JR九州は踏切の存廃について「復旧方法が決まってから、地元自治体や警察と協議する」としている。

 西鉄筑紫駅や大野下駅のように、自治体や住民の手で大切に保存されているものがあれば、爆発踏切のようにいつまで残るか分からないものもある。夏休みには列車で鉄道の戦争遺構を巡り、戦時の記憶をたどってみてはいかがだろうか。

 

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