芥川賞、記者が選んだ作品は? 候補作読み比べ座談会

西日本新聞

 第163回芥川、直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が15日、東京・築地の新喜楽で開かれる。芥川賞には2016年に死去した作家津島佑子さんの娘で太宰治の孫にあたる石原燃さんの「赤い砂を蹴る」など5作、直木賞には7度目の挑戦となる馳星周さんの「少年と犬」など5作が候補入り。両賞選考会を記者が展望した。(記者:内門博、小川祥平、北里晋、佐々木直樹、諏訪部真、野中彰久、平原奈央子、藤原賢吾)

 -まずは初候補ながら話題の石原燃さんから。

 北里: 旅行記のような地味な導入部から読み進むにつれ、奥行きが深まっていく。人間や家族の業が重なっていく展開は見事。ただ、ブラジル移民社会を揺るがせた太平洋戦争の勝ち組・負け組の話が、点景どまりなのが気になった。

 小川: 芥川賞を熱望した太宰治の孫。しかも太宰が落選した第1回芥川賞は石川達三がブラジル移民を描いた「蒼氓(そうぼう)」が受賞。因縁も感じる。

 佐々木: 小説の中身への影響は、「津島佑子の娘」としての方が大きい。弟が亡くなる話は、実際に亡くなった息子をモチーフにした津島さんの初期連作を連想させ、舞台を日系移民が独自の文化を築いたブラジルにしたことも、北方少数民族を扱った津島さんの晩年の仕事を想起した。

 藤原: 死別した家族への複雑な感情を旅の中で見つめ直すテーマは普遍的。高名な親族2人と比べられるのは本意でないだろうが、デビュー作であえて向き合ったと評価したい。

 -3度目の挑戦の高山羽根子さんは?

 野中: オンラインで外国人にクイズを出す奇妙な仕事をしながら、郷土資料館で資料整理ボランティアもしている主人公の設定がユニークだった。

 平原: 沖縄の歴史や風土と、クイズ出題という風変わりな仕事の時空間から浮遊したような感覚の対比が印象的だった。

 佐々木: クイズが「早押し」のような競争ではなく、出題者と解答者の対話のようで面白い。クイズの問いと答えというコミニケーションが仕事になっている状況設定が批評的だった。絶滅の危機にひんした宮古馬を登場させ、昭和初期に琉球競馬で実在した名馬の名を付けたところにも魅力を感じた。

 内門: 「別の人生を過ごしている人間からの思いもよらない問いかけによって、解答者は揺さぶられ、混乱し、同時に自分の経験の思いもよらないところから解答が引き出されます」というくだりがある。本土の人間と沖縄の人々とどちらが出題者で解答者かは分からないが、高山さんなりの手法で両者の対話を試みた実験小説ではないか。

 諏訪部: 台風を「分からないものは怖い」と表現するくだりに現在のウイルスへの恐怖を思い起こした。主人公の完全リモートでの仕事もコロナ下を思わせる。だが、結局は人と人との生身の語り合いが大切だと言っているようだ。

 小川: 敗戦後の日本が舞台の「如何様(イカサマ)」など高山さんの近作は社会性が増している。メッセージ性がわかりやすくなった分、持ち味は薄れたかもしれない。

 -初候補の岡本学さんの作品は?

 北里: 奥手の主人公の男と奔放で不思議ちゃんな女性、気の利いた会話と名画座、というノスタルジックな舞台設定は村上春樹セットみたいで、やや苦笑。提示される塔の謎は異世界的なものかと思って読みすすめると、どんどん本格ミステリー化し、温かな読後感を残して幕を閉じる。

 佐々木: ちりばめられた伏線がきれいに回収されていく点と、序盤は無気力でけだるい雰囲気をまとった物語が後半に進むにつれて加速していく点が相まって読後感はいい。ただ、うまくつながりすぎている。

 野中: 主人公をとりこにするミスミと、彼女の母親が魅力的だった。石原作品と同じく喪失-彷徨-回復という古典的な構造だが、人物造形がうまい。

 藤原: 主人公とミスミが出会う映画館は私が学生時代に年間パスで通い詰めた館がモデルだと思われ、懐かしかった。ミスミの人物像も面白く、謎解きもぐいぐい読ませた。

 内門: 本名ではないミスミという名は英語の「miss me」(私がいないことを寂しいと思って)だと勝手に拡大解釈して読んだ。カルチャークラブの往年のヒット曲「Miss Me Blind」を頭の中で鳴らしながら。実際、主人公はミスミを思うばかりに長い間、「Blind」(盲目)だったという小説だと思う。

 -文学界新人賞受賞作で候補の三木三奈さんは?

 佐々木: 構成力は巧みだが、主人公に関する重要な要素を終盤まで隠した叙述トリックが恣意(しい)的過ぎないか。

 諏訪部: その終盤の叙述で盛り上がりが一気に訪れる効果もあったが、不親切に感じる人もいるだろう。

 藤原: 主人公とアキちゃんとのシーソーゲームは面白いが、種明かしによって興をそがれた。

 平原: 子どもの目から見た叙述で進み、アキちゃんが「ひとりの大嫌いだけど気になるクラスメート」として書かれていることは自然。叙述トリックは気にならなかった。2期前の受賞者、今村夏子さんのスタイルもほうふつとさせた。

 -やはり初候補の遠野遥さんは?

 佐々木: 自分のことを過剰に客観視する主人公の男子学生が面白い。自分語りなのに誰かに尋ねる表現があり、サイコパス的な人物。主人公の一人称で自分自身の行動をひとごとのように捉え、誰かに操られているような印象を与える点が魅力的だった。

 藤原: 女性に心を配りつつセックスには絶倫系で、良識と社会正義を併せ持ちながら変態的性愛、暴力的純愛までをも内に秘めている。新時代のマッチョ像にニヤリとさせられた。

 平原: 性と恋と筋トレと就活。筆力は感じたが、男子大学生の世界像のリポート以上のものが欲しい。

 北里: ドライな感覚の小説。ただ、幽霊や家宅侵入者など思わせぶりな道具立ては生かせてない。

 -ずばり受賞作は?

 佐々木: 今回は大文字ではない歴史や記憶、記録の「継承」をテーマにした作品が印象に残った。その代表格である高山さんが本命。大穴で三木さん。

 北里: 圧倒的作品はなく、選考はもめるのでは。個人的には岡本さん推し。

 藤原: 岡本さん、高山さんが軸。石原さんも祖父、母が逃した受賞の射程圏内ではある。

 内門: ミスミの造形の一点突破で岡本さん。総合力では高山さん。

 野中: 高山さん。発想も構成もレベルが違う。

 諏訪部: 高山さん、次いで石原さん。高山さんはコロナ感染拡大前に書かれた小説なのに、「ポスト・コロナ」を感じさせた点を評価したい。

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